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2014年12月

2014年を振り返って

本日、大晦日でございます。

いつもでしたら、年末の大掃除をさっさと片づけて、年末年始は伊勢へと飛んでいたのですが、今年はそれもなく、なんとなくダラダラと尻切れの悪い段取りで、掃除もこんなもんでいいかなーくらいの緩さ。

元プロですから、大掃除はわりとパキパキやれます。窓掃除が得意です。網戸の汚さに驚きました。やはり川風の強い高層階で、東京の空気は思いのほか汚いのでしょう。

昨日は床をきれいに水拭きしたけれど、今日は今日で今日の埃がある。完全にきれいにすることなど、所詮はできないのだと悟るのも掃除の醍醐味。

でもテレビショッピングでやってる、お風呂の裏の裏まできれーにしてくれるサービス5万円、みたいなのはやってもらってみたいな。賃貸暮らしでやることはないだろうけど。。

 

さて、12月に関してのブログをひとつも書いていないので、最後に書きます。

こんなにゆっくり机に向かうなんて久しぶり。

12月は、毎年第一週目は暇だ暇だと嘆くのが恒例のようで。今年は初旬に、鹿児島からお百姓の東ユージさんが歌いに来てくださって、何とかその日くらいは盛況に。

2週目くらいから、忘年会をうちで開いてくださるお客さまが現れて、最近は人手もないのであまりパーティーは請け負わなくなっているのですが、楽しく料理をさせていただきました。ついつい出し過ぎてしまって、ずいぶんお客さまを苦しめてしまいます。

そして、トリオ・デ・ガランで大磯まで遠征ライブ。普段BGMでしかやっていないわたしたちなので、これは大変新鮮なライブとなりました。

クリスマスに向けて、師走の焦りが高まるわけですが、今回は、イタリアから音楽家が来日、飛び入りでピアノを弾ける場所を探しているということで、伽藍Barに白羽の矢が。

Rocco De Rosaさん、素晴らしかったです。トリオ・デ・ガランのギタリスト、坂村くんも駆り出されて参戦、坂村くんもリハなし、打ち合わせなし、譜面なし、でよくやりました。

Roccoさんは、佐合くんのピアノにも大変感銘を受けたそうで、後日通訳さまからのメールでその感激の感想を送ってくださいました。

その演奏の翌日、金曜ピアニストのChikaさんが、ピアノに触れて一言、「誰か違う人が弾きましたね?」って。

激しく打ち叩かれたピアノは、またChikaさんの優しい手によって癒されたのでした。

そして27日土曜日は、第4土曜日に月一ママをやっている樋口舞さんとそのお客さま、伽藍のお客さまとスタッフ入り乱れての大忘年会。

坂村くんが、いつぞやにギャラ代わりにもらって困っていたという牛ほほ肉と羊のすね肉を、前日からたっぷりのワインで煮込む煮込む。その他、冷蔵庫の中のありったけのもの全部料理して、トリオ・デ・ガランにChikaさんも現れて、盛り上がりました。

翌29日月曜日は、大掃除のためだけにお店に行ったつもりが、なんだかんだ乱入してきてくださったお客さまで意外と賑わったりして。。お断りした方もいたのですが。

天井のすす払いと、床のワックスがけ、バックバーと冷蔵庫の掃除ができたから良しとしよう。

酔っぱらって帰ったのだけど、ごはんを食べ損ねていたのでなか卯でカレーうどん頼んでふと時計を見たら、1時半に出たつもりだったけど、3時半だったみたい。。退館届に嘘書いちゃった。

というわけで、今年の営業も何とか終わりました。

 

一年を振り返ると、初めて農にふれた年でありましたし、東京脱出の夢が具体的に進み始めた第一歩でした。

いつまで伽藍Barをやらせてもらえるのかわかりませんが、たとえそれを失っても、土があれば生きて行けるという淡い自信を見つけることができました。

そして、何よりも大きかったのは、25年歌い続けて来て、初めて自分で納得のいくオリジナルのフルアルバムを作れたこと。

これのおかげで、メンバーとの音の距離もさらに近づいた気がします。彼らは若いから、どんどん成長しているし、それにノセラレて、わたしもどんどんアゲてもらっている感じがします。

乞い願わくば、たとえ伽藍を失っても、彼らとの音楽は続けて行きたいなと。

あと、膝縛り&砂布団との出会いはかなり大きい!

膝縛り睡眠のおかげで、体幹が変わり、歌も大変歌いやすくなった。歌も、もう衰えて行くばかりだと思っていたのに、まだまだ成長できるんだと、感激しました。レコーディング前に出会いたかった。

疲れ知らずになって、13階の自宅でもエレベーター使わずに過ごせたりして、まだまだこれから体も鍛えて行きますよ。

花粉症克服のために始まった健康オタク路線ですが、来年も全開バリバリで行くざんす。でもそれは、シンプルに戻って行くだけのことのようで。

健康ドリンクをやめて梅干しや梅エキスにし、紙マスクをやめてガーゼマスク、鼻かむティッシュをやめてサラシにしたら、症状が出なくなった。

あと、老眼防止の楽読(速読教室)ね。こちら12月はサボっちゃったけど。。老眼にはならないぞ!本いっぱい読むぞ!

2015年もいろいろレポートできればと思います。来年こそは、もっとブログ書きたいです。

それでは皆さま、今後のわたしと伽藍Barをお楽しみに!

ありがとうございました。愛してます。良いお年を!

合鴨解体備忘録(グロ注意)

先週の伽藍通信に書いたが、合鴨解体講座を受けて来た。

肉を食べるなら、いつかはやらなければと思っていたことだ。

動物を工業製品のように扱う畜産業界の実態や、安価を求めてばかりの無知な消費者の無責任が許せず、ほとんどベジタリアンに近い食生活を送ってきた。

たんぱく質は主に豆と魚で取り、自分でなんとかできそうな鶏肉は食べることもあるが、四つ足動物は余程の機会がなければ食べなくなっていた。

そこに来た鴨解体講座のお話。

直前まで出来るかどうか心配で、いろいろと人を誘ってみたが悉く断られ、意を決してチャレンジした。

曇り空の下、渋滞の船橋駅から小一時間ほど車を走らせた畑へ。そこで飼われている人懐こい黒猫ちゃんたちに出迎えられた。

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冬枯れ模様の自然農畑の奥に、動物よけの電線で守られた合鴨くんたちがぐわっぐわっと元気に走り回っていた。

その日屠られる鴨たちはすでに捕獲されて、カゴの中に隔離されていた。

それを一羽ずつ、脚を縛って逆さ吊りにして処刑台に運ぶ。

ぎゃーぎゃー騒ぐのは雌。王者の風格よろしく、首が緑のは雄。でも吊るされたあとは、観念したかのようにみんな大人しい。

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先生のお手本に倣って、次々と皆さん淡々とチャレンジして行く。中には小学生の男の子も。

わたしも、取り残されて落ちこぼれないうちに、教えられたとおり、まず羽を2回交差させて暴れないようにして、くちばしを握り、顎の下の頸動脈を、ためらわずにサクッと切り地面に血をしたたり落とす。

鴨はうんともすんとも言わずに、目を開けたまま静かに呼吸をしている。わたしの手が呼吸を邪魔したようで、深く溜め息をつくから、慌てて鼻の穴?のような穴を「ごめん!」と謝りつつ開放する。ごめんね、ありがとうね、と泣きそうになるのを堪えながら、心の中で祈りつつ。

数分して、まん丸く開いていた目が、笑ったような形になったら絶命のサインで、それを待つ間というのは、何とも言えない神妙な時間であった。人間の業を思い、残酷さとありがたさの狭間で、気が緩まないように、この手の中で命が消えるのを待っていた。

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命が物体から抜けたあと、脚を縛った紐を持って、焚き火でぐらぐらと沸かしたドラム缶のお湯の中に運び、竹の棒で浮き上がらないように押さえつけながら100秒ほど数える。

引き上げて、毛を毟っていく。最初に翼のぶっとい羽を抜いてみて、すんなり抜ければオッケーだ。

これが結構な作業で、丸々と太っていると思っていた鴨は毛を毟られるとみるみる痩せていく。

40分近く時間を使って、隅々まで毛を毟る。そのときにはもう既に、生き物としてではなく、肉としての鴨にしか見えない。

しかし、ずっといじり倒していると、だんだんその塊が愛おしくなって来て、わたしは正座したお膝に載せて、まるで愛おしい人の耳掃除でもするかのような気持ちで、細かなところまでくまなく毟っていく。

「そろそろ良いでしょう、完璧です」

と先生に言われて、最後にバーナーで細かい毛を焼き切る。ここまで来れば、たまに肉屋で見かける鶏の「丸」というやつだ。(売っている奴は内臓は抜いてあるのだが)

軽く水で洗って、ビニールハウスの中に移動し、いよいよ解体だ。

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まずは脚の付け根の皮をサクッと切っていき、大腿骨が飛び出すまで大胆にもバキッと反対側に折る。骨の隙間から2本の腱を探し、包丁を入れて腱を切ったら、思いっきり引きちぎる。これがモモ肉。

翼の付け根に包丁を入れ、肩の骨の隙間の腱も切り、手羽元、手羽先を取る。解体すると、手羽とささみはさすがに見覚えのある形をしている。

そしていよいよ胸肉を胴体から力づくで引きちぎった。全然力が足りなくて、先生にやってもらった。次からは包丁でやるしかない。

先生が、部位の説明をしながら、いかにブロイラーの鶏が異常かと教えてくれる。

今や生後75日程度で丸まると太らせて出荷されるという食用鶏。胸肉は数十年前の4倍の肉量だという。ナニをどれだけ食べさせたらそんなに大きくなるというのか。急激に増える体重を支え切れなくて、どの鶏も脚を骨折しているという映像を見たことがある。

売っているささみに比べて、この鴨のささみは細い。しかし濃い赤身。破片を生のまま味見してしまうわたしは、まるで猫だ。しっかりと、肉の味がした。(畑の黒猫たちは、解体中襲って来ないように、猫小屋に閉じ込められていた)

内臓に取りかかる頃、ハウスの外はさらに激しく降り出した。

薄いピンクの肺をよけ、赤い心臓を、上下の太い血管をカットして取り出す。

光った卵のような、大きな貝殻のような砂肝を取り出し、砂の詰まったその不思議な臓器の説明を聞く。鳥という生き物は、何でもかんでもとりあえず飲み込んで、砂肝に溜まった砂を使って咀嚼するのだそうだ。先生の鴨は可哀想に、プラスチックの大きなゴミを飲み込んでおり、「だからこいつ痩せてたんだな」と先生は納得している。辛かっただろうに。砂肝の中の砂は水で洗い流す。

緑色の胆のうを壊さないようにそーっと肝臓(レバー)を外す。胆汁がつくとすべて苦くなってしまうそうだ。そこでよく見ると皆さんのとは違うわたしの鴨。普通レバーは赤黒いはずのに、わたしのは黄色いフォアグラ(脂肪肝)だった。

おまけに、卵になりかけの黄身が3つと、細かい粒が少々。

「当たりですよ、おめでとうございます!」と先生に言われながら、壊さないようにそっと卵を取り出している最中、曇りの天気予報に反してのものすごい土砂降りは、まるで屠られた鴨たちの意志のようだった。

いらない内臓と頭を地面に落とし、空っぽになった胴体のなかにネックを折り曲げてたたみ、あんなに可愛かった鴨が完全なる食物の形になった頃、雨は止んだ。

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終わる頃、猫が開放されて、地面に落ちた内臓を食べた。

あまりにも残酷だが、これが食べるということ、そして生きるということ。

これを知らずに大人になってしまったことを情けなく思う。

持ち帰ったあと、肉と卵のなりかけは、鴨南蛮にしたり、鴨鍋にした。肉はかなり弾力があり、売っているような生易しい肉ではなかった。酒に漬けてさっとしゃぶしゃぶのようにしてみたり、治部煮のように粉をはたいて鍋に入れてみたりした。冷凍後、半解凍気味のところを薄くスライスして軽く湯通しして食べるのが一番美味しかった。

それよりも、フォアグラになった肝臓をソテーして塩で食べたのが素晴らしかった。レバーもフォアグラも好きではないが、全く臭みがなく、さすがに新鮮。美味しく食べることができた。

ささみと砂肝は、おろしにんにく、おろし生姜で刺身に。これまた美味しい。これが一番美味しかった。

ガラもネックもスープにして、皮も油を取って使った。皮はカリカリのせんべいにした。一つも無駄にせず使い切った。

すっかりジビエ(?)の魅力にはまってしまって、もう買った肉では満足できそうにない。滋味深さが段違いなのである。

この調子ならば、鶏の他、うさぎくらいならできそうだ。それができれば、多分鹿やイノシシ、ヤギもいけるかも。そしたらもう四つ足も制覇だ。

肉をいただくなら、自分で捌くのが基本という暮らしをしたいものだ。そのうち猟銃免許取ったりして。

とにもかくにも、良い経験をさせていただいた。

山田農場さん、合鴨さん、連れて行ってくださったK世さん、ありがとうございました。

 

 

 

 

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