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2015年3月

実の母以上に母と慕う人との再会

こんなわたしにも、銀座のホステス時代というものがありまして。。。
2000年から2003年のわずか数年ですけどね。
その直前はビルメンで作業服来てガラス清掃してたんですが…
ちゃんとドレス着て、髪もアップにして、お化粧もして、胸元に名刺を挟んだり、ライターでお客さまのお煙草に火を点けたりしていました。

銀座では計3店、ポルシェビルから始まり、銀座会館、スバックスビルと思えば名門ビルばかりにお世話になりましたが、最後は高級ワインクラブにいました。ピンクシャンパンが乾杯ドリンクで、ビンテージワインがバンバン開く店です。
そこのママは郡山の老舗料亭の娘で、着物や持ち物、インテリアセンスなどに生まれながらの品性があり、店内の調度品もテーブルも、和を基調にしつつも型にはまらず、ママのこだわりが随所に垣間見られる素敵な店でした。
だがしかし、右脳全開のちょっとイカれたママで、経営者としては問題があり、自分の母親以上に深く濃い繋がりを感じる一方、みんなの給料を払うために壷を売ったり着物を売ったり、やがて給料の遅配もあって、やけ酒のせいで接客もめちゃくちゃ、そこにママの更年期の症状も重なって、なんだか自分の行く末を見せつけられているような、もうこれ以上ママを嫌いになりたくないと思って去ったわけです。
あんないい加減なママが銀座で店やれるのなら、わたしにもできるわいっとムカっ腹立てて始めたのが伽藍Barだと言っても過言ではありません。
あの人が銀座にいる間はうちは大丈夫。そう言い聞かせて今までやってきました。

その店は、伽藍Barができる頃、スバックスから並木通りのセブンスタービルに出世、その後店名を変えてニューコンパルビルとこれまたメジャービルに。開店の噂を聞きつけて、お花を持ってお伺いしたものです。
その頃、ママは築地にも料理屋を出し、なかなかの実業家ぶりを発揮していて(あのママのことだから、実情はそんなに良いものじゃないだろうが)、たまにアフターで寄ってくれたりもしたけど相変わらずの酔い乱れっぷりで、しょっちゅう骨折していたし、君子危うきにつき近寄らず、遠くから様子を窺うという感じでした。
売れる前のくわばたおはらの正子さんが働いていたという自慢もさておき、ニューコンパルビルに未だ看板はついたままですが、いつの間にやら全て撤退し、築地の店も、最近わたしがたまに飲みに行く女将の手に渡っています。
ある意味、拠り所を失ってしまったのは、わたしの方なのです。

「地震で実家の料亭も、銀座の店もぜーんぶなくなっちゃったのよ、みずかちゃん」
と、相変わらずの福島訛りで報告に来てくれたのは数年前。そのときは池袋の料理屋でお運びをしていると言って、「ママ、今が一番幸せ」と強がりなのか何なのか、もう銀座の人間じゃないのよ、と、下ろした黒髪姿は思いのほか健康的で、お酒もあまり飲んでないということで少し安心しました。

昨年の夏、お客さまに頼まれて連絡を取った際、竹籠を作ったり、着物をほどいて洋服を作ったりしていて、ちょうどその展示会があるということを聞き、根津のギャラリーに伺いました。
そのとき会うことは叶わなかったのですが、お客さまから預かった数万円で作品を何点か買い、それっきり連絡すらなかったのに、昨日、着物姿でフラッと突然、ママが伽藍Barに現れたわけです。(前振りちょー長い)
銀座で個展をやってると。
欠けた名器などを修復する、金繕いの作品展だそうで。
すっかりアーティスト然となって、さらに右脳全開バリバリのご様子。

「あの頃は、毎月300万とか400万ないと生きて行けなかったけど、今は全然お金かからないの。ほーんと気楽だわ〜」
と呑気なママ。
「あなた偉いわね。この店は一生できるわよ、一生。お客さんもこんなにたくさん」
そう言ってもらったあと、誰もいなくなっちゃったけど、あの頃のお客さん、まだたくさんいらしていただいてるんです。
当時もママによくアカペラで歌わされました。時にはギタリストをつけて、ライブもやらせてもらいました。
ママは、わたしのオリジナル曲の「空(くう)」が大好きで、昨日はChikaさんと演奏させていただき、「わたしは本当にあなたのファンだったのよ」と、目を細めて聞いてくださいました。
ついでにトリオ・デ・ガランのアルバムをプレゼントしました。

あの頃、いろいろあったけど、ママには一生頭が上がりません。
自分の母親よりもシンパシーを感じていた人。ある意味、わたしに店を持たせてくれた人。

今は詳しいことはわからないけど羊肉を売って生計を立てているそうで、
「ママ、今は羊しか食べないのよ」
と相変わらずワケわからん。
でもまあ、「遠くから」、愛していることには変わりありません。笑

すべての出会いを大切に。これ、ママを反面教師にしたわたしのモットーです。




 

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