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2016年5月

2016年GWの旅日記 その1

3月末に友人を亡くして、あんなにパワフルな人だったのに、人間ていつ死んじゃうかわからないものなんだなぁと、はっきり思わされた。元からやりたい放題の人生だったけれども、やりたいことを後回しにしたり我慢するのは一切やめようと決意したわたし。

東京での暮らしは楽しく、申し分ないのだが、不満があるとすれば、土気が足りないこととバイクに乗れないこと、この二点だった。

数年前から、農学校、田んぼで米作りなどを始め、夏にヒグラシの声を聞けば懐かしさに泣きたくなるくらい、横浜といえどもかなりの田舎で育った自分のルーツを思い知る。土の匂い、風の音。自然の中に行くと、子供の頃を思い出す。身も心もリラックスする。

テントを張り、地面に寝ていた旅人時代のことが忘れられず、いつかその暮らしに戻りたいと思い続けていた。いよいよそれを叶えるべく、まずは、東京では乗らないからと10年間預けっぱなしだったバイクを回収しに、鹿児島へ行くことになった。

本当は、いつかそのときが来たら、鹿児島からゆっくり長崎の方とか、四国とかも周って、数週間かけて旅しながら帰りたいな〜と目論んでいたのに、このGW中に田んぼのある千葉にセカンドハウスを作るってことになったものだから、即乗り物が必要。ってことで、あまりにも慌ただしい九州ツーリングになってしまった。

ANAマイレージさまさまで、GWのハイシーズンだというのに、行きも帰りも飛行機タダ乗り。ギリギリに予約したので、どちらも最後の一席だった。

九州自動車道を使い、熊本を走るルートを思い描いた翌日に地震が起きてしまい、計画が崩れた。世の中の人々の、九州への心配の念のせいだろうが、そわそわと妙に落ち着かず、この旅で自分の人生も終わってしまうのかもしれないとまで思ったので、周囲の人たちに一応のお別れの挨拶を済ませた。

30日の朝、7時40分のフライトで、鹿児島空港には9時に着いてしまう。乗り込む直前に思いついて、空港近辺の安いレンタカーをネット予約。鹿児島空港から3時間だけ車を借りて、霧島神宮へ向かった。これまで何度となく参拝した神社で、九州の復興を深く祈る。

空港に戻り、1時間に一本しかないバスに100分揺られて鹿屋に到着。どの車も火山灰を被っているところに、旅情を感じてしまう。

どこだかのピンサロと同じ屋号だという「湯遊らんど」でひとっ風呂浴び、それまでは夏の間だけ海辺でやっていたのに、いよいよ街中に店を構えた馴染みのライブバー「銀河亭」へ。

一晩だけの滞在だというのに、ライブをさせてくれるという。昨年遊びに行ったとき紹介してもらったギタリスト、長浜さんとの再会。

初めての音合わせで2ステージ、たっぷりやらせていただいて、一週間前に店主からトリオ・デ・ガランのアルバムを渡されていた長浜さんは、頭の4曲を覚えてくれていて、それも演奏することができた。さすが、かつては東京でも活躍していたというプロ。

お客様も暖かく、CDも買ってくださり、ありがたかった。

深夜の鹿屋の小さな飲み屋街は、土曜というだけあって、暗がりの中にも喧騒があったが、翌朝の出発に備えて品行方正に就寝。

朝も早くから準備をして、名残惜しいけれども8時半には鹿屋を発った。

久しぶりのバイクで、当時は殆ど使ったことのない高速道路をひたすら走る旅。横風が怖くてタンクに張り付いて走る。道を間違えて霧島方面に行ってしまい、引き返したりなんだりかんだりで、2時間ほどロスしてしまった。

ほぼ振り出しに戻ったところの道の駅で地図を調べていると、バイクの人が気さくに話しかけてくる。

横浜ナンバーのままなので、「横浜から来たの?」「SRVか、Vツインカッコイイね〜」「宮崎までは1時間くらいよ」とかなんとか、鹿児島訛りで。

バイク乗りはバイク乗り同士、何だか妙な連帯感があるのだ。すれ違うとき、お互いにピースサインを出し合ったりする。そんなのも、何十年前の北海道ツーリング以来で、ちょっとくすぐったいけど、ずっと孤独に走っているとほっこり和むのだった。

SAの全くない東九州自動車道を、ガス欠の恐怖と闘いながら6時間ほどかけて走り抜け、大分の安心院(あじむ)に到着。2時間のロスがなければ、安心院ワイナリーに案内してもらう予定だったのに、残念無念。

それも伽藍のオープン前からのお客様で、ワイナリーの関係者。大分県の宇佐市から東京に出張があるたびに「USAから来ました」と寄ってくださる方が、伽藍通信を読んで、「別府まで来るなら安心院に来なさいよ。面白いライダーハウスがあるから」と、数日前にわざわざ銀座に来て、誘ってくれたのだ。

安心院のICを降り、なんとなくスマホのナビで教えられた住所の方面へ行き、やっぱり電話で確認しようと路肩にバイクを寄せたところに、大きく手を振る人がいて、よく見るとデカイ倉庫にライダーハウスと書いてあった。

見覚えのある方と、知らない土地で会うというのは不思議な感じ。

「よう来たね、よう来たね」と通された倉庫の内部は板張りで、よく見ると、大きなストーブを囲んだカウンター席を中心に、広いレストランというか食堂だった。客席をぐるっと見下ろす吹き抜けの2階は、何十人でも泊まれるスペースになっている。

その日の宿泊客はわたししかいないとのことで、2階ではなく、1階奥の部屋に通された。それも20畳くらいはある。

北海道で、ライダーハウスばかりを泊まり歩く旅をしたことがあるが、こんなに大きなところは珍しい。

BGMに、伽藍によく出演していたスパニッシュコネクションがかかっていて、伽藍でライブを観てからすっかりファンになったというそのお客様が持ち込んだCDだった。音楽が、その倉庫レストランをお洒落に演出していた。

「まずは温泉に浸かってきなさいよ」と軽バンをあてがわれ、そこからも見える丘の上の安心院温泉に。古い施設だが、少し濁ったかけ流しの良いお湯で、地元のおばあちゃんや、幼子を連れた墨入りの若いお母さんとほのぼの入浴。

倉庫に戻ると、車を置いて自転車に乗り換えたお客様が走ってくるのが見えた。

HONDAのゴールドウィングという、バカでっかい車のようなバイクの人が2台でいて、少しお話をする。ゴールドウィングなだけに金翼会という会の山口支部長だとか。山口から青森の八戸まで8時間で行ったとかいう武勇伝を聞かされながら、金ピカのバイクには洗車バケツまで積んであって、お兄さんは話しながら車体を拭き拭きしている。

「バイクの人たちはそうやってすぐ親しくなれるのがいいわよね〜」とライダーハウスのオーナーママさん。オーナー夫婦はバイク乗りでもなんでもなく、レストラン経営が難航する中で思いついた策らしい。

ただオーナー夫婦の顔を見に寄っただけだという金翼会の方々を見送ったあとは、早速宴会の準備がされていて、ライダーハウスでまさかの生ビールが出てきた。

お客様が呼んだワイナリーの若い方も来て、飲み始めると、BGMはトリオ・デ・ガランのアルバムに変わって、びっくりした。

ジビエのフルコースと聞いてはいたが、最初は新鮮なお魚の刺身が出てきて、鹿のたたき、イノシシの鍋、唐揚げ、炒め物と盛りだくさん。お酒も、安心院ワインからいいちこフラスコボトルまで、良い品が次々と。

ホテルのレストラン勤務時代は、天皇陛下の朝食を作ったこともあるというオーナーの料理は、地元の皆さんのランチと、全国から阿蘇に向かって走りに来るライダーたちの胃袋を満たしている。

オーナー夫婦の馴れ初めや、ここに至るまでのいろいろなお話も聞けて、将来はライダーハウスもいいなぁと思ったりして、夢が広がった。

22時過ぎに、「じゃあ我々はもう寝るので、あとは勝手にやって」とオーナー夫婦は寝てしまった。笑

残された三人でしっぽり飲んで、23時に、お二人は歩いて帰って行った。

つづく

 

 

 

 

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