出会いはいたるところに転がっていて、それのひとつひとつを
大切にしていたいから、時々気が狂いそうになる。
ベトナムへやってきた。
そこにも愛すべき人たちがたくさんいて、いやになる。
わたしの現在のバイト先、銀座しゃがーるは、めちゃめちゃパワフルな宝塚風のママが、 日本人の商社マンを相手にアオザイ(ベトナムの民族衣装)を 着せた女の子を常時3〜40人配備した上品なクラブを筆頭に、 ベトナムで8店舗もの事業展開をしているなかの東京支店という感じなのだが、 その本店ホーチミンしゃがーるの見学のために、 またもや父のたまって困っているというマイレージを使わせていただきつつ、しかも、 エコノミーが空いていないせいでビジネスクラスなんぞに乗って、 ベトナムへとやってきたのだ。
ホーチミンしゃがーるは、ベトナムの古い家屋を店舗としていて、
個室にゆったりしたソファー、1階にはグランドピアノが置かれ、
生演奏で歌うこともできるところは銀座も同じだが、
アオザイを着た大勢の女性に出迎えられるのは非常に圧巻である。
滞在中は、しゃがーるの女の子が昼間の観光に連れ出してくれる。
わたしはバイクだらけのホーチミンシティを彼女たちの所有する
バイクの後ろに乗せてもらってアパートに連れて行ってもらったり、
彼女たちがいつも利用するコーヒーショップやテイラーに行って
アオヤイ(アオザイ)を仕立ててもらったりした。
ホーチミンはバイクの街である。個人所得がまだ低いため、
車を所有する人が少ない。バイク50台に対して車が1台程度の
割合だろうか。
しかもその車はタクシーなどの商用車である。道路はおびただしい数の
バイクと、自転車やシクロで埋め尽くされている。
そんな中で、夜はしとやかにアオザイをまとい流暢な英語と少しの日本語を
操り接客する彼女たちも、決して後ろを振り向かないベトナム流の運転で
街をスイスイ走り抜ける。
毎日、日本からやって来る客の観光案内やら食事につき合う彼女たちの
スケジュールはとてもハードに見える。しかも雇用の際の身元の保証の関係で
しゃがーるの女の子はみんな学生なのだ。
昼に客につき合ったからといって時間外の手当てがつくわけでもなく、
しかし彼女たちは非常に親切で特にわたしは同性、しかも同業という
こともあって、何人かの女の子とはほんとに仲良くなった。
彼女たちのやさしさに何でお返ししたらいいのか、全然思いつかないのだった。
大人ならお金や物でどうにでもなるが、そんなふうにはしたくないし、
たとえばそんな提案をしてみたら友達だから親切にするのはあたり前だと
逆に諭されてしまった。
人との関わりあいってなんでしょうね?
いつからか、人と出会って行くことが人生のすべてだと気づいてしまって、
それ以来、わたしには絶対に必要で絶対的に素晴らしい出会いしか起こらないのだ。
今からどしゃ降りのホーチミンをバイクに乗って仕立てあがったわたしの
アオヤイを届けに新しい親友がこのホテルまでやって来る。
わたしは彼女のために何ができるっていうのだろうか。
ねえ。
日本でもわたしのまわりには大切な人しかいないのだ。
なにひとつ、投げやりにできないじゃないか、人生に対して。
結局、感謝して幸福な人生を全うすることで気持ちを表わすしか、
やりようがないのだ。
メイは超どしゃ降りのなかやって来て、わたしをベトナム最後の食事に
連れ出してくれた。ヤギのおっぱいの焼肉、ヤギなべ。
わたしは彼女のバイクのうしろに、彼女の着るポンチョの中に入った。
スカートは雨ですっかり濡れてとても寒かったが、わたしたちは
七輪の火で暖まった。
結局、すべての夜をホーチミンしゃがーるで飲んだ。
ママのパワフルさ加減を更に実感した1週間であった。
また、わたしの日常というものが始まる。
それはそれは目まぐるしい日々。
それが日本、それが東京。
それにしてもビジネスクラスっていいねー。