常 念

蕎麦のおいしさなんて知らずにいたのだ。だっておいしくないじゃん、 そのへんの蕎麦屋の蕎麦なんて。蕎麦屋ではうどんかカツ丼。小さいころから。
それがビルメンテナンスのバイトを始めて、現場によって、今日はどこそこだから あのラーメン屋だとか、ちょっとグルメな?親方の下で働いていたら、ある日 蕎麦の洗礼を受けてしまった。
「ここの蕎麦はまあまあうまいが、長野にすげーうまい蕎麦屋がある。むかしもっと 従業員がいた頃は、みんなでよく行ったもんだが」
親方が遠い目をするので、従業員は親方を入れて3人しかいないが、社員旅行じゃ ないけど行きましょう!ってことになって、行った。長野は安曇野へ。
それがいまから5年くらい前の話。

常念は古い日本家屋をそのまま襖を取り払って使っていて、 トイレも離れにあって、土間も広くて、庭には刺身にしたり塩焼きにして 出すための岩魚が泳ぐ池があったりして、とても気分がよい。 で、馬刺しか岩魚のお刺身(これがめちゃめちゃうまいんだよ!)、松茸土瓶蒸し、 わさびのおひたし、天ぷら、最後にもりそばを2枚。これが究極のフルコース。 これに安曇野のワインや地酒を合わせたりする。
 あまりにもうまくて、1日に昼と夜、2回行ったりしたこともある。親方に おしえてもらって以来、年に2〜3回は温泉に入りがてら必ず訪れていた。

横浜でぬくぬくと、結婚もしてないのにほとんど養ってもらってる状態でいた 自分の根性を叩き直すために、東京に移り住んだのが昨年の9月。それ以来、 浪費家のわたしはたくさん稼がなきゃならないから、忙しく働いて、あんなに 好きだった「まったりする」「しないことをする」ってことから離れていた。 バンドも忙しいしね。

で、今年初めて行ってきました。しかも初めて泊まりで。いつもは日帰り入浴で 利用していた、秘湯中房温泉、有明荘って山荘。 すっげー山奥の、マニアックなところにあって、道が細くてすれ違いも困難な くらい。 11月からゴールデンウィークまでは入山禁止。
 いつもは7時間くらいかけて、甲州街道をとことこ走って行ったものですが、 もう大人になったので中央道で。そしたらすぐ着いた。すごいなー、高速道路。

常念で、久しぶりのうまい蕎麦に舌鼓を打つ。水だ。水が違うのだと思う。 おろしたてのわさびのうまいこと、うまいこと。
常念で蕎麦好きになって以来、東京でも、例えば中目黒の「匠」とか、うまい蕎麦屋には 行くけれど、たとえば茹であがった蕎麦をさらすときの水というものが、 安曇野あたりの蕎麦屋とは残念ながら違いすぎる。逆にいえば、安曇野であれば、 立ち食いそば屋の蕎麦でさえおいしい。 常念岳の裾野では、山から降りてきた水で米が作られる。
 しかし、今回発見してしまったこと。
その蕎麦屋、常念の裏にあった栗の老木がなくなっていて(友達だったのに。)、 田んぼに水を引き込むための水路がU字溝で整備されてしまっていた。 いろいろと事情はあるのだろうが、あれでは生物が棲めなくなってしまう。 CWニコルさんが怒っちゃうよね。
山荘での食事も素朴で体においしいものばかりだった。
 わたし、引っ越したばかりで、自炊できる状況じゃないから、不本意ながら 外食やお弁当に頼る毎日で、そういったものにお世話になっておきながら、 こんな食べ物を食べてたら日本人としてのアイデンティティも何も失ってしまう! と現代人を憂いたりして。
こんなんじゃ戦争おきたら負けちゃうよ、とか。

まあ、そんなこんなで、久しぶりに緑のシャワーをたっぷり浴びて、 温泉に疲れを溶かしてもらって、ほんとによく寝た。 山荘では寝るか、もの書きに徹していた。

穂高の地ビールってゆーのも飲んだ。地のものは何でもうまいですな。いつもは 安曇野ワイナリーでワインをさがすのだが、地ビールのおいしさを発見したので 今回は穂高ブルワリーでビール。

最近海外に行くことが妙に多いが、わたしはやっぱり日本が好きだなあ。 いつか日本の伝統的家屋に住みたいものだ。
わたしに常念をおしえてくれた親方も岩手に家を買って移り住んだ。それも ちょー昔ながらの家屋。
また、秋においしいりんごを送ってくれる元ギタリストのこうちゃんって人も、 築100年位の古い家とりんご畑を買って、百姓やってる。
やっぱ人間、自然と共に生きるべきだって。毎日飲んだくれて終電で帰って 気絶してる場合じゃないよね。これが仕事だからしょーがないんだけど。 ついついこの生活の出口はどこに?って探してしまう。

ニッポンに、癒されよう。

国内旅行推進委員会 会長 相馬瑞加?