旅とわたしと銀河亭

銀河亭は今年で6年目なんだそーだ。わたしはオープンの年から毎年行ってる。 だから今年で6回目?夏の風物詩?

始まりは銀河亭マスターの東ユージ氏。彼は横浜でバンドをしていて、 わたしがまだ高校生のとき、たまたまライブで対バンになって、 それからのつき合いだ。
 ユージさんは諸事情により出身地の鹿屋に帰ることになり、帰ってすぐに 銀河亭をつくった。小さな浜辺に柱を打ち込むとこから。
で、わたしはそれまでヤマハのTZR125という小型のバイクでパリパリ走って いたのをSRV250というのに乗り換えたら、排気量が2倍に増えてあまりにも 乗りやすくて遠出が楽しくなっちゃって、箱根や丹沢じゃ物足りなくなり、 じゃーユージさんとこに行ってみようって初めての一人旅の地に九州を選んだ。 まあ川崎から宮崎までフェリーに乗ってしまうのだけど、最終目的地を 鹿屋にして九州を旅した。
 九州の人はみんな人なつこくてあったかくて、自然は雄大だし、温泉はいっぱい あるし、テントで寝るのは楽しいし、バイトはやめて来ちゃったし、こうして バイクでの一人旅にはまってしまった。

翌年はバイク乗りの憧れの地、北海道へ。当時やってたビルメンテナンス (そうじ屋)のバイトは休みを取って行ったのだけど、いろんな旅の人と 出会っていくうちに、帰る日がちゃんと決まっていて日常に戻っていく自分が いやになっちゃって、電話してバイトを辞めてしまった。そんなふうに簡単に 仕事を辞めてしまったのは初めてだった。で、北海道を放浪して帰って、 時間はたくさんあったから、また鹿児島へと向かってしまった。
 銀河亭のある浜辺にテントをたてて、波の音を聞きながら眠って、飲んだくれる 生活。ずーっとこんなふうに暮らしたいなって思う。そりゃ、そーだ。銀河亭で 知り合う人たちもずっとこっちにいたらええよって言ってくれるのだけど、 でも、結局帰る。どうしても、帰って歌わなきゃって思ってしまう。

ユージさんもほかの仲間も、音楽をやっている。鹿屋でもできることなのに。 ましてや銀河亭にときどきつくられるライブのステージはとてもすてき。 何度か飛び入りで歌った。海に向かって、潮風に吹かれて、星は降るようだし。 でも、帰る。帰って自分のバンドで歌う。当時やってたのは、なかなか進展しない バンドだったけど。なかなか進展しないバンドだから、旅に出ることができた。

銀河亭3年目の夏は、北海道から沖縄までキャンプをしながら下って行った旅の 帰りに寄った。横浜の家を出てから3ヶ月ほど経っていた。帰りのフェリー代 捻出のため、チャイとかタコスとか、沖縄でおぼえたそーみんちゃんぷるーとかを 銀河亭でつくって出した。麻ひもで携帯ストラップを編んで売ったりとか。
 昼は畑仕事で忙しいユージさんだから、一人で店を開けた。ボブマーリーをバックに 地元のお客さんとおしゃべりする。夕方になってユージさんがやって来たら バイクを走らせ、海辺にあるお気に入りの温泉に行く。開聞岳の向こうに沈んで行く 夕陽は、いつだってきれい。深夜に裸で飛び込む海も、夜光虫がきらきらして きれい。 わたしとSRVとの旅に、銀河亭は欠かせないスポットだった。 それがSRVとの長い旅の最後。
 その旅で沖縄は石垣島にはまってしまい、翌年は友達のせっちゃんと車で鹿児島まで 走り、石垣島まで行った。帰りに銀河亭で一杯。せっちゃんともマッパ(まっ裸)で 海へ!その年は鹿屋滞在は1ヶ月の旅行中、1泊のみ。

その後は、飛行機などの手続きがめんどくさくて好きじゃないのだが、縁あって 海外に行くことが増え、また、生活のため仕事しなきゃなんないから長期の旅は できなくなって、鹿児島へも行けなくなってしまうのかと思っていたのだが、 5年目は父のマイルを使って飛行機で行くことができた。自分のキャンプ道具は 持って行かず、テントは借りて銀河亭で煮炊きした。夜は銀河亭を手伝って、 昼は曲作りに励む。いま歌っている曲のいくつかはそのときできたものである。

で、6年目の今年。