わ た し の 思 想

わたし、手塚治虫教信者。あの人すごいよね。
高校の時、わたしは全然進学する気がなかったので授業をまともに受けず、 せっちゃんって友達と、漫画読むか寝るかしゃべってるかの毎日を送って いた。(でも赤点は取ったことがない。ぎりぎりを保っていた(笑)。 国語とか音楽とかは高得点取っていたけどね)
図書館から借りて来ては回し読みしてた少女漫画、「王家の紋章」(主人公が 前世でエジプトの王家の娘で、戦争に巻き込まれたり命を狙われたりする 超大作の漫画。)「エースをねらえ」などのなかに手塚治虫の「ブッダ」が あった。わたし、それ読んで帰依したね、ブッダ(シッタルダ)に。仏教と いう宗教に、ではなく。

ブッダというのは「目覚めた人」という意味で、悟りをひらいた人に 与えられる総称的なものなんだそうだ。そこから仏教のことを真面目に調べた ってゆーか、ちょっと勉強した。思想を、だよ。仏教の思想。そしたら ブッダってインドの人だからブッダの思想を知るにはヒンドゥー教を 知らなきゃなんないし、それを調べてたらなんか、すごいのね、ヒンドゥーの 世界って。はまった。ヨガとか始めちゃって。アーユルヴェーダとか。 さすがにタントラまではまだ行ってないけど。そして密教。
で、趣味で聖書も読んだし、コーランは大元はユダヤ教だから置いといて、 また道教とか儒教とか日本神道とかアニミズムとかいろいろいろいろ、 宗教とかを全部客観的に見て、ヒンドゥーの世界観ってあれはほんとに 正しいんだなーって実感した。
この世は現象だって。本質はただひとつでそれを知るためにさまざまな、 現実と呼ばれるわたしたちの人生ってものがある。それは一度として同じ 瞬間はなく、繰り返されることはない。宇宙の真理ってやつ?宗教ではなく、 人間道っていうかなんていうか・・・

そんなこと考えたり調べたり実践できたのは、フリーターというプー太郎 時代がたっぷりあったおかげ。
当時は東急東横線綱島駅に住んでいて、毎日鶴見川の河川敷でヨガと 呼吸法をやって、30分ほど歩いて大倉山公園に行く。その中にある 大倉山記念館の中の精神文化研究所・公開閲覧室という、小難しい本ばっかり 置いてある図書館に入り浸る。日中は本を読みふけって、夕方からバーで 働く。バーには無神論を説くニーチェに毒されたマスターがいる。って、 いま思うとすごい環境だ。

生きるということは修行だとか、否定をしないで生きるとか、一瞬一瞬悟る ために努力をするとか、そういうことをわたしは手塚治虫の「ブッダ」を 読んで始めた。 また、わたしが当時一緒に暮らしていた人が、小学生のときに親から買って もらった手塚治虫の漫画をずっと大事に持っていて、どこへ引っ越しても 「ブラックジャック」、「火の鳥」は手放さなかったから、ひまな時は何度も 繰り返し読んだ。まさしく聖書。

心の師匠は、横浜、伊勢佐木町の老舗の、ホットドッグを売るロックな飲み屋 「JOHN JOHN」のマスター、安藤さん。
そこに導かれてからもう12年になる。そこでロックやブルースや、 C.カスタネダの本やら、愛について、宇宙について、たくさん学んだ。 お酒と音楽の酔いのなかで。
一切は無常である。諸行無常。たぶん、なにを感じても。所詮、人間の世界のこと。 だから逆に、人間である「いま」を楽しんで生きたい。
わたしの最終目標は、脱・人間。ブッダ(目覚めたひと)になるための修行を したいものだ。