わたしが幼い頃、父のいる休日の朝は、コーヒーの香りで満ちていた。遅
い朝食のあとは、サイフォンでコーヒーをいれるのが決まりだった。わた
しには、もったいないからと、飲ませてもらえなかったのだが。
いつしか器具が割れ、父も仕事が忙しくなり、サイフォンはなくなった
。かわりにコーヒーメーカーがやってきて、コーヒーは、ちょっとした贅
沢だったものから、日常の飲み物になった。
好きだった人に合わせて背伸びをして、お砂糖を入れなくなったのは、高
校生のとき。
母でさえ、ミルクを入れないコーヒーは飲めないというのに。
注文が入ってから豆を挽き、ネルで一杯ずつ丁寧にいれるコーヒー屋さん
でバイトをしたことがある。
お湯の載せ方ひとつで、コーヒーの味は変わってしまう。
蒸らしをする、最初の一湯目が一番重要だ。
袋を開けたばかりの豆のときはなおさら、そっとお湯を載せただけで、挽
きたての粉はむくむくと膨れあがる。
すこし間をおいて二湯目、三湯目と、中心から円を描くようにゆっくりと
お湯を注していく。
その速度によってもコーヒーの味は変わってしまう。でもたぶん、正しい
味は、ない。
ネルでいれたコーヒーは、お湯がゆっくりとコーヒーの粉をくぐって落ち
てゆくので、味に深みとコクがある。
2、3年、そこでじっくりとコーヒーと向き合って辞めて以来、おいしい
コーヒーを飲む時間も機会も激減した。
中目黒に住んでいたとき、東急東横線が好きなわたしと同居人の女の子は
、2駅ほど横浜寄りにある学芸大学駅を探索しようということになって、
ある日、散歩に出かけた。
中目黒駅前には商店街というものがなく、スーパーはあったので不便は感
じなかったが、学芸大学駅前は活気のある商店街が東西にひろがっていて
、わたしたちの気に入った。
コーヒー屋が多いね、などと話しながら、どこかで一休みしようというこ
とになり、数あるコーヒー屋の中から、商店街の真ん中から5メートルほ
どはずれたとこにある、「アンクルBUBU」という小さなコーヒー屋に
決めた。
道に面したガラスから、古ぼけた自家培煎用の機械が見える。カウベルの
鳴るドアを開けると、培煎の煙のせいか煙草の煙のせいか、セピア色に変
色した店内、静かに流れるビルエヴァンスのピアノの音色。一現ではまず
入れない、マニアックな雰囲気を醸しだすマスターは、渡瀬恒彦を年取ら
せたような、推定65歳。でも全然老人なんかじゃない。渋い。一見こわ
い。
おしゃべりでもしたら怒られそうだ。
しかし、わたしたちは2つだけあるテーブル席には着かず、6席だけのカ
ウンターに座った。
なにもかもがセピア色。そのマスターでさえ。セピア色の写真の中に、迷
い込んでしまったかのようで、自分が恥ずかしかった。
カウンターの端に活けられた3本の赤い薔薇だけが、その店の中で色彩を
放っていた。
そのことをマスターに言うと、ぽつりと、おれは15年前からこのスタイ
ルなんだ、と笑いもせずに答えた。
メニュウはフレンチブレンドとソフトブレンド、モカ、マンデリン、ブラ
ジル、タンザニア。砂糖やミルクを入れる人は、その旨先に申し出る。
「うちのコーヒーはほかのとこのよりぬるいぞ」
マスターは温度計で湯の温度を計りながら言った。そして、真剣にネルに
向かう。
出されたコーヒーは、ほんとにほんとに旨かった。それで1杯500円。
モカなどのストレートでも600円。
外にはマスターのものと思われるマウンテンバイクがとまっている。それ
で来てるんだ。厳しい横顔。ジッポーでつける煙草。リピートされるビル
エヴァンス。
渋い、渋すぎる、このマスター。わたしの胸は高鳴った。え?この気持ち
はもしかして、恋?
「ぜーったい、学大に住むー!」
わたしは同居人に高らかに宣言した。
手作りの、ビターなチョコレートケーキもおいしかった。これは実は奥さ
んの手作りだったりして。などと考えるだけで胸が痛かった。大変だー、
こんな人、好きになったら。だって、体使えないじゃん。同居人もうなず
いてわたしを憐れむ。
悲恋が目に見えるので、その想いは封印した。
一人暮らしの部屋を探すために、半年後、学芸大学駅をまた訪れた。
合間に「BUBU」でコーヒーを飲む。
「うちのコーヒーは飲んだことあるか」
マスターがまた、ぬるいぞ宣言をしようとしている。
「ええ、前に一度」
じゃあ、わかってるな。というふうにマスターはほんの少しだけ口の端を
上げる。
「部屋を探しているんです」
何日か、立て続けに訪れることの言い訳をしたら、この街はいいとこだよ
、とマスターがぽつりと言った。家賃高いけどな。
「BUBU」にやってくるお客さんは、女性の一人客ばかり。みんな最初
と最後だけ、うれしそうにマスターと二言、三言交わして、おとなしく本
を読んでいる。このマスター、若い頃はさぞかしモテたに違いない。昔か
ら渋かったのか、それとも年輪を重ねたことによる渋みなのか。
結局、学大と中目黒の間の、祐天寺という所に、部屋は見つかった。
以前に大倉山公園を散歩中に出会って、6月のグッピーでのライブの写真
を撮ってくれた、あまのさんという写真家の方(推定63歳)が、その写
真を祐天寺まで届けてくれると言う。学大でネガを受け取る用があると言
うので、それならおいしいコーヒー屋がある、と言って場所を説明しよう
としたら、「もしかして、BUBU?」。あまのさんもよく行くのだそう
だ。
そこで待ち合わせると、みずかとは不思議な縁だなぁ、と興奮気味のあま
のさんを、マスターは煙たそうに、テーブル席へ移動させた。
それが11月半ば。マスターは風邪をひいているようで、咳がつらそうだ
った。
そして年も明けて、1月。マスターはまだ咳をしている。
「まだ風邪治らないんですか?」
聞くと、冷たく「おれのは風邪じゃないんだ」という。
ちょっと心配。
初めて会ってときめいたときよりも、少し年老いたかんじ。
コーヒーは相変わらずおいしい。
2杯目を頼むと、「違うのいれてやろうか」と、笑わないけどやさしく言
ってくれる。
モカを一口飲んで、心から「おいしい」とつぶやいても、なにも答えない
。
「あまのさんとはちょくちょく連絡取ってるの」
どうでもよさそうに、マスターが聞く。
年に数回、写真展のお知らせをいただいてお会いする程度です、と答える
。
あ、そーいえば今月個展があるってお知らせが来てたなー、と思ったけど
別に言わない。
人のことはどうでもよさそうだ。わたしもそうだから、わかる。
マスターがほかのお客さんと話したりするのを、わたしはまるで関心なさ
そうにしているが、聞いている。渋いしゃべり方だな、などと思いながら
。
ちょっとした擬似恋愛感情に浸る。
わたしは、恋をしていないと生きて行けない。
「お、もう行くのか。サンキュウ。どうもありがとう」
立ち上がると、低い声。声フェチのわたしにはたまらないのだった。