24のとき、バイクにテントを積んで、旅に出た。
7月のある日、夜11時有明港出航の、釧路行きのフェリーに乗って。
愛車SRVとの旅にも充分に慣れて、満を持しての初・一人キャンプツー
リングだったのだ。
帰りの日程は、ない。
昨年、満喫しきれなかった北海道に、好きなだけいよう、と思った。
船中2泊の船旅。船の中で知り合ったアメリカ人の男の子と、きめきめで
宗教・哲学論争を繰り広げて疲れて、ロビーのソファでテレビを見ていた
ら、似合わない白い制服の船長がわたしに、イルカの持っているテレパシ
ーについての話をしてくれる。
「長い船旅ですから、テレビもいいけど、たまには海を見てごらんなさい
よ」
わたしはデッキからイルカにテレパシーを送った。5分ほどでイルカが3
頭やってきて、船と平行に並んで泳いで、わたしはとても愉快だった。
出発の翌々朝、到着した釧路は、くもり、時々雨。寒い。ライダースジャ
ケットの上に、レインウェアを着込む。
「低温注意報だってよ、釧路」
ほかのライダーからの情報で、夏に何日か続けて摂氏10度を割ると出る
、北海道の注意報のことを知る。
1年ぶりの、北の大地。夏だというのに、胸に冷たくひろがる空気。心地
よい。SRVも心なしか上機嫌だ。
晴れ女のわたし、大切なときに雨に降られて困らされたり、いやな気分に
なったことがない。休むと降り、走り出すと止む。
摩周湖の近くにある、最初の目的地のキャンプ場は、観光牧場の中にある
。
雨降りの合間に始めた、初めてのテント設営もうまくいって、買い出しに
出る。テントにこもると、待っていたかのように雨が降り出す。
しばらくはここに連泊して、ここで暮らすのだ。
長靴に履きかえ、雨の牧場を散歩に出かける。長靴なら、水たまりだって
へっちゃらだ。
夏休み前の牧場に、観光客はいない。
傘にあたる雨の音。ほかにはなにも聞こえない。
わたしのテントは、前室が部屋以上にひろくて、雨でも煮炊きができる。
雨の中、散歩途中で摘んだフキを煮しめたりして、ささやかな食事をつく
る。
テントの中では、世界が雨音で占められている。
顔も洗って、あとは寝るだけ。時計はまだ8時にもならない。
天井からぶら下げたヘッドライトの灯りの下で、ここでの生活の予定を立
てたり、本を読んだりする。
雨音に包まれて眠り、目覚めると静かな夜明け。
2ヶ月、北海道をまわり、そのあと沖縄・石垣島まで南下した。
アイヌから土地を奪い、人間の手を加えた、広大な牧草地や田畑の続く北
海道でよりもむしろ、広い海の中にぽつりと浮かぶ、島での暮らしで、わ
たしは変わってしまった。
走ることが楽しみだった北海道から、ツーリングライダーぽく大荷物で南
下してきたのに、沖縄ではバイクなどただの足でしかなかった。暑くて、
エンジンを一度もかけない日さえあった。
雨の降る日はどこへも行かず、一日中詩や散文を書いたり本を読んだり、
ときどき海を眺めたりする。雄大な自然のサイクルに含まれている、小さ
な自分を思う。そして、テントの中で聞く雨音は、どこにいても変わらな
い。
キャンプ地である防風林の中は、まるでジャングルだった。雨が降り始め
ると、耳が飽和状態になるほどに騒がしい蝉の鳴き声がぴたりと止む。波
の音も心なしか穏やかだ。
雨が降ったら仕事は休み。現場仕事の常識。
東京でのわたし、雨が降っても、タイムカードを打ちに行く。
海外旅行には、そんなに興味はなかったのだ。
わたしが旅でしたいことは、買い物でもなく、観光でもないからだ。
毎年、サーフボードを持って、バリに数週間から長いときで数ヶ月滞在す
るという、大阪のお友達と、バリ島で待ち合わせることになった。初めて
の一人海外脱出。現金は3万円しか持っていない。飛行機と宿泊は、父が
海外出張するのでたまった、マイレージクーポンを使わせてもらって、カ
ードもなく、現金も僅かしかないというのに、高級リゾート地、ヌサドゥ
アへ向かう。
南の島特有の湿った空気。乗り込んだタクシーの窓をあけて、初めて、カ
タコトの英語を使って運転手とおしゃべりする。
着いたところは、ホテルニッコーバリ。ガムランの音色で迎えられ、ブー
ゲンビリアの花を髪に差してもらい、通された部屋はオーシャンビュー。
満月が海を明るく照らしている。激しい潮騒。
キングサイズのベッドにひとり。
お友達はクタという、20キロほど離れた街に滞在している。わたしは彼
女たちと会うために、バリの無菌地帯といわれているヌサドゥアを抜け出
して、毎日街に出る。
バリに滞在中、行ってみたいところがあった。ウブド。ライステラスの点
在する、素朴な村は、クタからバスで1時間半。なんとかチケットの予約
をして、ひとりバスに乗りこむ。片道300円くらい。
着いたウブドで自転車を借り、ライステラスを目指し走り出す。
しかし、怪しげな天気。
お土産屋などが並び、にわかに活気づいている通りを抜けて、木々のトン
ネルを抜けると、雨は降りだした。大きな木の下で雨やどりをする。南国
の雨。スコール。雨の切れ間に走り出し、道の途中に一軒だけぽつんとあ
る、オープンエア、というより掘建て小屋の、小さなワルン(茶屋)に入
る。コーヒーの粉を沈殿させて飲む、コピと、ナシチャンプル。ごはんの
上に、おかずをのせてもらう。
トタン屋根のそのワルン、雨の音で、ほかの客たちは会話さえままならな
い。大きな声を張り上げるのも疲れたのか、そのうち静かに雨の音を聞い
ている。ワルンを営む店主の子供たちが、カセットテープを何度も巻き戻
しながら、あちらのヒットソングと思われる曲を覚えるべく、歌っては聞
き、聞いては歌う。
わたしは、好きな人にハガキを書いたりして雨が去るのを待った。しかし
、止む気配はない。
帰りのバスの時間が迫り、しかたなく決心した。少し雨の弱まった中、走
り出した。南国の雨に打たれている自分が、とても愉快だった。服は水を
含み、重くなる。髪もぬれて張り付く。道路まで川と化したところを、マ
ウンテンバイクで渡って行く。山は低い雲でかすみ、木々や植物たちは心
地よさそうに濡れている。
町に差しかかり、人が増えてくると、沿道の人たちがわたしを応援してく
れる。マラソンランナーの気分?わたしはにこやかに手を振って、走り抜
ける。
服は下着まで濡れてしまった。
自転車を返して、綿のワンピースを買った。ロングなので下着を着けなく
ても大丈夫。
雨に心まで洗われたように、すがすがしい気分だった。
クタに戻ると、雨など降ってはいなかった。そのあと夕陽が海に落ちて行
くのが見えるカフェで、わたしは淡い恋に落ちるのだが、それはまた別の
話。
中途半端に荷物を残したまま出て来てしまったが、長いことわたしのわが
ままにつき合わせてしまった人との住みかは、わたしが探し出した、とて
も古くて小さな平屋の一戸建てだった。屋根はトタンで壁は漆喰。冬さむ
く、夏あつい。
そして、雨が降ると、トタンに打ちつける雨音で、テレビの音さえも聞こ
えない。会話も遠い。そのたびに、テント暮らしのことや、旅で出会った
雨との景色を思い出すのだった。