マイアミトリップ
ミステイク。十八時間のフライト。読み終わったばかりの文庫本は、破
滅的な若者を描いたり、生きることの虚しさと自殺を促すから、これから
降り立つ成田空港は恐らく、感慨もない味気ない匂いなのであろう。それ
は、日々に帰って、所詮、絶望のなかであえいでいるふりを続けるしかな
いのだと詰め寄る。あまりにも広い太平洋から隆起され凝縮された島に帰
る。目まぐるしく動き回る混乱の磁場が東京。あまりにも多くの人間と共
有するスペース、触れ合う肩に舌打ちの哀れさ。
もっと浮かれ気分ではしゃぐべきだったのか?たとえばあの大らかなア
メリカの国民性を愛し、せせこましい日本を脱出するなどと企んでみたな
ら、やたらと量の多いパスタやバーガー、フレンチフライや薄いコーヒー
も許せるようになるのだろうか?または外国で日本食を食べるなどという
ことなども?
真夏を迎える前のマイアミビーチは馬鹿みたいに明るく、富豪たちの高
層マンションはウォーターフロント、食べる、眠る、交わる、繰り返す。
少しずつ厚みを増す下腹部だって誰も咎めない。週末はアルコールやTH
Cでリズムに体を揺らし、どうでもよい会話と思わせぶりな目くばせ、屋
外で星を眺めてトリップ。
どこの街に紛れ込んでも、増えるしかないなんて。おしゃべりな隣りの
老婦人は娘と孫を連れて、老体に飛行機三本乗り継ぎだって幸福だと笑う
。白人の子供は機嫌よくわたしに愛想を振りまいて、体中に脂肪をたっぷ
りつけた母親は食べてしまいそうなキスを、子供の首筋にする。なんて幸
福。わたしはなにを生み出そう?細胞を分け与え、愛する者のDNAを次
世代につなげ、別の存在として機能させる、それだけが正しいことだって
薄々わかってる。
簡単なことばで、とりあえず生きては行ける。だれかを理解するのでは
なく求めることもできる。まあ、言葉を持ったところで理解しあえるかは
別問題だけど。
わたしの口づさむ思想など空回りするだけで、たとえば哲学など、足り
ない語彙で語れない。小説のひとつだって書けやしない。飛び飛びの散文
。理解さえ求めないなんて、幸福なマスターベーション。
すべて忘れてしまうべきだと、太陽や出会った人たちがわたしに耳打ち
していた。どこにいるべきなのか、なんてことは、わたしが選んでいいの
だ、とも。なにが欲しいのかわからない者は何ひとつ手に入らないってこ
とも。
初めてのビキニは波に捲られ、大西洋に愛撫される乳房。塗りたくるサ
ンスクリーンはむなしくプールを汚してしまった。わたしは、ただ酔いに
潰されたりすることもなく踊っていたかった。そうやってただ笑っている
ことも、その街では良かった。
今までの日常などどうでもよくなるね、これがリーガルなトリップ。な
にが変わったかな。
写 真…