みずとみずか

 水を恐れていた。それは、愛するが故?
 幼いわたしは、あまりの恐れから、髪を洗うこと、まして、顔を洗うこ とさえ嫌がった。
 母はわたしをスイミングスクールに通わせた。四歳のわたし。バスに揺 られて横浜駅まで三十分、電車など通りもしもない、広い田畑で出来た小 さな町から、週に二回。水に浸からなければならない嫌悪よりも、繁華街 の地面から発せられる華やいだ磁場に心踊らせることが、わたしにその後 十年も、そのスイミングスクール通いをさせた。
 小学校に入ってからは母の付き添いもなく、ときにスクールをさぼって は、高島屋の前で人々の往来をぼんやり眺めたり、まだ上陸したばかりの ハーゲンダッツのショップへ行って、学校のクラスの誰よりも早く、クッ キーアンドクリームのおいしさを知った。
 十五歳まで続けた。煙草の煙りを吸いこむことを覚えて息切れしながら も、帰りに立ち寄る大きな書店やレコード店が目的で。ときおり、そっと 会計前の文庫本を鞄に忍ばせたりしながら。退屈だったのだ、いろんなこ とが。
 で、わたしは退屈を紛らわせるためにも、ひたすら泳いだ。水の中で、 空気の介在することのない鈍い音だけを聞いていたくて、お友達と行く区 民プールで戯れに水に沈むのではなく、選手を育成するためのカリキュラ ムを消化させるコースの一番後ろで、記録のためでも強化のためでもなく 、泳いだ。
 その頃には、水を恐れていたことさえ忘れていた。
 いまでも、水の中の空気振動ではない音を求めて、泳ぐ。それは生まれ る前の記憶か?母の子宮の中で聞いていた音。
 今日は、汚れても穢されることのない海へ続いている河のそばに暮らし た日々を思った、懐かしい河川敷の散歩。春の暖かい日差しは記憶を溶か して、わたしの瞳から涙となって流れ出す。もう戻れない現実を憂いて、 水に流す。
 水は偉大だ。それゆえに畏れていたのかも。
 わたしは、水でありたい。常に流動して掴めない、決して留まることの ないサイクルで変化し続けていく存在でありたい。