ずっと、フリーターしながら歌をうたってきた。
いま、銀座でホステスのバイトをしているのは、全くのわたしの趣味で
ある。どんな世界なのか、垣間見てみたかった。
昼は週三回、これも趣味でランチのホールスタッフをやっているが、生
活費のほとんどは夜のバイト分。
わたしは売り掛けの本業ホステスさんと違って、ママのお客さんを接待
する、ヘルプに近い立場にいる。
銀座の店にはそれなりに風格というものがあり、その店の雰囲気は女の
子がつくると言っても過言ではない。前にいた店のママなどはよくお客さ
んに、「お金かけて内装工事して雰囲気かえるなら、女の子入れ替えちゃ
った方が安上がりなのよ」と言っていた。なるほど、その店は半年ほどで
女の子の98%が入れ替わる。
初めての銀座での面接の日。雨。化粧もまともにしたことがなかったわ
たしは、新宿の、バーボンとビールしか置いていない、変なカウンターバ
ーで知り合いになった化粧品屋さんの指導を受けては練習をし、まぶたに
色をのせ、きりりとアイラインを引き、まつげをくるりと立ち上がらせて
からマスカラを塗り、きちんとお化粧をした。
誰もが普通にやっているその儀式を、わたしは今までやってこなかった
のだ。
きれいな服の一枚も、わたしは持っていなかった。バッグも靴も、買っ
た。普通の女の子なら持っているものを、わたしはなにひとつ持ち合わせ
ていなかった。
銀座の並木通りを歩きながら、今までバイトの面接で落ちたことがなか
ったわたしの、ルイヴィトンやシャネルのショウウィンドウに映る顔は引
きつっていた。たかが面接、これでいいだろうと思って身につけて来た、
黒いニットと赤いパンツ。伸びかけの髪は雨の湿気を吸って、なんのスタ
イルも主張していない。
出勤前の、ドレスや和服、高そうなスーツのホステスさんたちが足早に
過ぎる。蛇の目傘を実際にさしている人など、初めて見た。
銀座の街自体に居心地の悪さを感じながら、並木通りでは目印となって
いるらしい、一階部分が車のショールームとなっている、ポルシェビルを
目指す。老舗のそのビル、エレベーター、茶色いその店のドアに、自分は
そぐわっていない。わかっている。躊躇する。でも、ドアを押した。
挨拶をする。ママらしき気の強そうな女性は、ちらりとわたしを見たあ
とも、カウンター席で足を組んで煙草の煙りを空に吐いている。品の良い
紺のダブルスーツの、マネージャーっぽい男性が面接をしてくれるようだ
。高級感漂う店内。全部で二十名ほどは入るだろうか、ゆったりとした茶
色いソファのテーブル席が三つ、落ち着いた淡いオレンジの照明。わたし
は、その店から完全に浮いているのがわかった。
カラオケができる個室に通され、メモ用紙に名前や年齢や住所などを書
いて、面接されるのを待った。マネージャーが現れ、わたしは、銀座のク
ラブというものを初めて自分の目で見た、その感想を思わず述べた。居心
地の悪さを感じていること、もっとちゃんとして出直そうと、思っている
こと。その方は、
「そう、この仕事は素晴らしいよ、きれいにお化粧して、きれいな服を
着て、あなたの魅力を売るんだよ、あなたはちゃんとすればもっときれい
になるし、話も面白そうだし、きっとできるよ、でもいまのあなたの服も
化粧も、一時間三千円もらってお客様を接待する格好じゃないね」
と、その後、ホステスの仕事がどのようなものか、どんなに自分にとっ
てプラスになる仕事かというようなことを話してくれた。
それは、自分を着飾るだけでなく、内面からも磨いて行く、そしてその
ことが直接、お客さんと接することによって評価され、お金になって帰っ
て来るという仕組み。経済の、本質。あるべき姿。
「ちょっと頑張って着飾ってみなさい。そしてもう一度来て。この店は
ほんといい店なんだから」
わたしはすっかりその気になってしまった。その人の話がよかった。
「人は外見じゃないなんて言っても、そんなのはキレイ事、外見で判断
されちゃうの。外側を変えれば全部変わる。物腰も人間関係も。」
わたしはそのことを、その後ドレスを着たりしたときなどに強く感じた 。自然と背筋が伸びて、脚をしとやかに揃え、指先まで優雅に水割りをつ くる自分に気づく。昼、ジーンズでいるときは、足を広げて座っていたり するのに。
結局、再面接してもらって勤め始めたその店は、週に二、三日のヘルプ
の子しか必要でないため、数ヶ月で別の店に移ることになるのだが、記念
すべき最初のお店で、三十代半ばか、それ以上なのか、その店で一番長く
勤めていて、なくてはならないという存在のお姉さんに、大変可愛がって
もらった。
パーティーコンパニオンの仕事からこの世界に入って二十五年、それで
も水商売を一生する気にはなれなくて、介護資格を取る勉強をしながら働
いているという和服のお姉さんもいた。
水商売イコール若い女の子とおじさんの図、というのを想像していたが
、そこにはもっと大人の色気と品格のある世界が広がっていた。