低気圧に日本考
6月生まれだから、雨は嫌いじゃなかったのに。陰鬱だ。気分がどろり
としている。誰の影響なんだろう、雨で憂鬱になっている。お気に入りの
皮のスニーカーが濡れてしまったのも手伝う、気を抜いたらいつもの電車
は行ってしまったし。
駅前のファーストフードショップでハンバーガーを買った。生まれて初
めてのアルバイトらしい男の子が、たどたどしく注文を聞く。一つの注文
なのにやけにもたついてる。がんばれよって心の中でエールを送るけど、
こんな大企業の窓口であるカウンターでこんな接客しかできないんじゃ、
日本はおしまいだなんて、ますます陰鬱な気分に拍車がかかる。
「なぜだか、ここへくるときはジャンクなもの買っちゃうんだよね」
食に正しいお母さんのもとで育ってきたという男の子は、フライドチキ
ンの袋を下げて、サッカー観戦しにわたしの部屋に来て言った。どうして
その台詞が耳の奥の方に残っているのか、最近のわたしはファーストフー
ドショップによく立ち寄る。そしてそれらを口にするたびに、後悔する。
こんなの食べてたら病気になってしまう。
ミルクが飲みたい、と思ったけど、そのファーストフードショップのも
のは飲みたくない。加工乳だったもの、たしか。時間がないから駅前のス
ーパーには戻れない。静かに商売をつづける、おでんの練りもの専門店や
、焼き鳥も焼いて売る鶏肉専門店、魚の干物や乾物を並べる商店などがと
ころどころにある小さな商店街が、駅とわたしのマンションをつなぐ道。
牛乳などの乳製品は特別な販売免許でも必要なのか、酒屋でも売ってない
し。
「雪印アイスクリーム」とロゴの入った、古い冷蔵庫のある商店で聞く。
「牛乳は置いていますか?」
おつかいで来ている小学生におつりを渡しながら、エプロン姿の婦人は
申し訳なさそうに、
「うちは置いてないのよー。」
と言う。もちろん期待はしてないし、そこに置いてあったとしたら、代
謝しているのか心配だけど。ちゃんと、商売は成り立っているのだろうか
?余計なことを考える。
「うちにはないけどね、この先のパン屋さん、五本木さんにあるわよ」
親切なその言葉に感動した。これ、これだよ。このやさしさ。さっきの
マックの兄ちゃんには、一生かかっても言えないであろう、その台詞。
気の利く人が減っているような気がする。若い人で気が利くのもいやら
しいけど、場を読んでアドリブで動ける子が少ない気がする。一人ひとり
はみんないい子なんだけど、自分が客として若いショップスタッフと接し
たりすると、だめな子ばっかりだな、と思う。こうやって、どんどんいろ
んなことがだめになって行くんだろうな。それを止めることはできない。
すべてがその方向に向かっているのだ。
五本木ベーカリーは、小ぢんまりとした、夫婦で経営するパン屋である
。とくにパンに対するこだわりもなく、食パンや皮のぱりっとしてなさそ
うなフランスパン、ロールパンに卵を挟んだものなどがラップにくるまれ
て陳列されている。どこにでもある、どうってことない、まちのパン屋。
おしゃれなパン屋だって駅前にはある。ここの商売、成り立っているのだ
ろうか?
奥でご主人が生地と向かい合ってる。それは健全で真面目なまなざし。
奥さんはレジでにこやかにおつりを渡してくれる。欲がないのだ。欲のな
さがお店から溢れている。こだわらず、発展もせず、ただひたすら目の前
の仕事をこなす。
結局、最後はこういう人が勝つのではないかと思う。日本がだめになっ
て行ってもね。だって、牛乳はきちんと代謝されているようだし、きちん
とそうじの行き届いた質素な店内は、気持ちのよいオーラに包まれていた
。
低気圧のせいで重く鬱積した気分も、お寺の参道であるその商店街を
歩けば、すこしは良くなる。こんばんわって声を掛け合える知らない人同
士の世界が、そこにはある。
ハンバーガーは半年に一度くらいでいいやって思いながら、濃すぎる味
をミルクでうすめながらかじっていた。ジャンクなものが食べたかったの
は、サッカーのせいかもね。小腹がへったら、五本木ベーカリーの卵サラ
ダのロールサンドにしようよ。
雨は、やまない。