金曜日だというのに仕事を休んでレッドシューズのステージに参加した。
横浜弁護士会のパーティーのステージ。15時に横浜、ホテルニューグランド。
桜木町まで電車で行ってタクシーに乗った。運転手さんがお天気について話し掛けてくる。相槌を打ちながら、そういえば銀座で夜タクシーに乗ると、運転手さんはなぜか「お仕事ご苦労様です」的な態度で下手に出て来るのに対し、六本木からタクシーに乗ると運転手さんは心なしか横柄だな、などと考えてしまう。横浜のタクシーの運転手は人懐こいようだ。前にも感じたことがある。それらは地面から発せられるオーラによるものに違いない。磁場に人は影響を受ける。東京でわたしは少し冷たい人間になった。
久しぶりの横浜は雨に湿っていて、もうほとんど葉が落ちかけたいちょうの並木と、氷川丸の灯り、なんだかとても懐かしいのだ。わたしの慣れ親しんだ磁場という感じ。
レッドシューズは、キャバレー、ナイトクラブが全盛だった頃の著名なラテンバンド、キューバンボーイズの元tb、鬼バンマスの三田先生率いる横浜のアマチュアバンド。父が参加している。久しぶりに昔のバンドマンの口の悪いのを聞いた。そういう人たちと仕事のバンドをやっていたのでとても懐かしいのだ。「バカヤロウ」「コノヤロー」は当たり前。「この百姓!」とかってのもある。(お百姓さんゴメンナサイ)ほんとに耳を塞ぎたくなるような悪口で、辞めて行ったメンバーは100人を越すとか越さないとか。でも先生は口は悪いが心はホットで、バンドも先生を中心に一つになっている。しかしまだステージ経験の浅いバンドなので、段取りも悪く、先生はホテル側の人間にまで「バカヤロウ」と言い出しかねない勢い。そして始まるステージは、前半は食事をするお客さまのBGMに40分ほどの演奏。控え室からパントリーを抜けてステージに上がるメンバー。わたしは袖で見ている。緊張が伝わって来る演奏。微笑ましい。
給仕をするコンパニオンのお姉さん方の仕事っぷりを観察する。美しい上に優雅に仕事をこなしている。そういえば最近は演劇の舞台にまで出るお友達の千絵ちゃんはこれが仕事なんだよな、と2時間で1万5千円から2万円を稼ぎ
出すコンパニオンの仕事のことを思う。わたしのすぐ横にドリンクカウンターがあり、白いスーツのおじさんがドリンクを手際良く並べている。コンパニオンのお姉さんがドリンクを取りに来るたびに、一言二言おっさんらしいジョークを投げかけていたかと思うとわたしに話し掛けて来た。
「昔はね、この辺じゃこういうバンドが入ったナイトクラブがいっぱいあったんだよ。どこそことかなになにとか(忘れた)グランドパレスとか。」
「あ、グランドパレスには出てたことあります。」
とわたし。
「へえ!大したもんだね。俺はずっとそういうとこでボーイをやってたんだから。どこそこのバンマスはだれだれさんで(忘れた)その人に会いにいろんな芸能人が来て、青江美奈だって飛び入りで歌ったりして。いい時代だったね。もう2度と来ないな、あんな時代は」
懐かしそうに演奏に耳を傾けている。それらのナイトクラブはみんな潰れた。グランドパレスも。初めてお金をもらって歌ったキャバレーパリーはまだある。当時のバンマスがまだやっている。そういえばグランドパレスにいたボーイのおじさんたちはどこへ行ったのだろう?こんなふうにパーティーの仕事に出たりしているんだろうか。わたしはその世界の最後の人間だったと思う。戦後続いたキャバレーの世界。
一度はけて休憩をはさんだあとセカンドステージ。セカンドステージはお客さん達の食事も終わり、ショー性が増す。弁護士会の一人がメンバーにいるということで今回のステージの企画があったわけだが、普段は先生と呼ばれるその人も三田先生にはものすごくこき下ろされている。MCでもひどいことを言われている。しかし言う方も言われる方もそれを楽しんでいて、そしてその人をフィーチャーした曲は、あまりの緊張に何度もやり直す始末。それがウケにウケて会場が一つになる。その掴みの後1曲置いてわたしの出番。
「午前4時」のイントロを聞きながらステージに出て行く。初めてのビッグバンドでのステージ。気持が良い。司会者とのしゃべりの後「Fly me to the moon」。どうもロックになってしまって合宿ではしごかれたが、初めてのジャズ、つつがなく終わった。レッドシューズのステージはその後も続き、盛況の中幕を閉じた。
父の行きつけの小料理屋へ行く。野毛の町は金曜ということで賑わっている。この町にもノスタルジーを感じる。ちょっとくたびれた感じ。8坪の店内に5台もテレビの画面があるその店で、映画がひとつ終わったあとは静かにジャズ
が流れて、隣のカラオケの音も一緒に聞きながら、ほかにもう一人いたお客さんも一緒になっておしゃべりをする。おでんやらさんまの煮たのとかをつつきながら。
12月になって飲酒の取り締まりが厳しいってことで、父は代行を呼んでわたしは桜木町から電車に乗った。渋谷行き最終電車。目覚めたら渋谷。駅も閉まりかけている。タクシー乗り場は長蛇の列。わたしはズルをして、通りでタクシーを拾ってしまう。渋谷のタクシー運転手は酔ったわたしを相手にしないけれど、文句を言われるのがいやだからかルートの確認を何度もした。東京の空気はピリッとしていて冷たい。そういう磁場。
横浜とジャズはよく似合う。そういう磁場。お疲れ、わたし。