その人は全部理解している人だった。宇宙の法則。思慮深い目は、ほかの女の子の適当な会話を決して許さず、世俗的なジョークを一切拒絶する、いわゆる「難しいお客さん」であった。彼はわたしと話すとき、まるで重大な秘密を打ち明けるみたいにした。正しい宇宙の流れ、彼の父の凄まじい死に方、など。
病気は自分でつくるのだ。特にガンは。精神病に並ぶ、現実逃避の隠れ蓑。彼はそれを知っているのに、自らその道を選んだ。病院に行く前に、彼は自分の病気をわかっていた。
「だってそれをつくるように自分で仕向けているんだから」
笑わずに言う。
「ぼくはもう来月あたりには会社に行けなくなるんです。まだ検査をしたりはしていないけど、自分でわかってるんです」
彼の父がそうだったから、その運命からは逃れられないのだそうだ。思考回路は遺伝的なものであるということを、彼はじたばたせずに受け入れてしまっていた。一介のホステスであるわたしにはもう止められなかった。彼はわたしが「営業メール」を送ると来てくれて、でも最後彼が決心したとき、もう二度と来ないように店と喧嘩して帰って行った。なぜ彼が怒って帰ったのかは誰にもわからなかったし、わかったとしてもみんなには大したことではなかった。わたしは彼の背中を見送りながら、恐かった。もうなにかが彼を蝕んでいたから。
わたしの父はストレス性の病気をいくつかしている。顔面麻痺になって顔半分の表情を失い、数十年続けていたトランペットも一時吹けなくなった。わたしは、離れて暮らしていたからではなく、家族に興味がなかった。そんなにもストレスに晒されているなんて知らなかった。わたしが父に言い放った言葉はかろうじて苦笑を誘う類のもの。
「そんなに辛い仕事してたなんて知らなかった。やめてよ、ストレスでそんなことになるの、わたしに遺伝しちゃうじゃないの」
最近のわたしは現実に対峙してビビっている。ストレスがわたしの表情筋の動きを奪っている。このままでは同じ病気になってしまう。彼ががんを受け入れたように。
年末、六本木での仕事を辞める挨拶をした。携帯電話に登録していた一部の120件ほどのお客さまに。携帯からではまとめて送ると送信先が表示されてしまうので、1件1件送る。なぜ辞めてしまうのかと、今までにない反響。いよいよ歌手になるのか、などと。彼も久しぶりのメールに返事をくれた。もう大分蝕まれていて酒は飲めないけれど、ライブなら這って行くと。もう痛み止めなしではいられないけれど、と。
わたしは恐い。彼自身が言うように、すべて自分でつくりだしているのだ。現実というものは。いいことも悪いことも。
わたしは被害妄想に陥って、心の自傷行為に耽る性癖がある。でもそれはなにかを産み出すための儀式で、多分こんなふうにしないとただすべては流れて行ってしまって、どんなに素晴らしいことも愛おしいことも忘れてしまう。痛みで道標をつくっている。痛みにはいずれ慣れて、前回よりも深くえぐらなければならない。でもそれは決して命を断つための自傷行為ではなくて、ただのマスターベーション。とっても話のわかる、クールな女の子の左腕が傷だらけだったことがある。見える傷はずるい。
彼はこのまま死んでしまうのだろうか。それでいいんだろうか。親を超えなきゃ人類が繋がって行く意味がないではないか。進化しないではないか。個人の成長をどこかで諦めたときに遺伝子を繋げたくなる。親は子のためならなんでもする。自分のためではなく、繋げた遺伝子の成長のためになんでもする。彼はかつての結婚生活で遺伝子を繋げられなかったことを悔やんでいた。彼に子供がいれば、破滅へ向かうことはなかったかもしれない。
彼の死期を悟った目がちらつくから、わたしは個人的な返信をできずにここに書いている。