週末の過ごし方

今の部屋に引っ越して来たとき、急であったのと資金不足で、家電をすべて古道具屋で揃えた。冷蔵庫、洗濯機各5千円、電子レンジがタダでついてきた。勿論すべてオンボロである。そのまま3年も経ってしまった。どこかでまだ仮の住まいなのだと思い、買い換えずに来た。20年落ちのゴツイ冷蔵庫は、何分かおきに彼の栄養である電気を音を立てて勢いよく飲み込む。
 仮ではない宿は、結局はどこにもないのだと思う。ここにしか。いつもどこか違う場所を探して、わたしは現在をお座なりにしてきた。

よく晴れた週末は、ごった返しているであろう東京の繁華街に出る気分にはどうしてもなれなくて、意を決したわたしは、横浜出身者の命綱である東横線を下り、駅前に百貨店のある街へ冷蔵庫を買いに行く。初めての彼氏が住んでいた街で、馴染みも深い。わたしが以前から狙っていた冷蔵庫は、グッチのサングラスよりも安く売っていた。10年前の冷蔵庫と比較すると、年間で2万以上電気代が安上がりという省エネ仕様だそうだ。

その街にある、バーの師匠のホームページでリンクされていたバーに行ってみる。20年この場所でやっている、ホテルのバー出身の方の店だ。しかしね。しかしこの店はダメだ。わたしよりもあとにやって来たアルバイトの店員が、わたしの目の前で窓ガラスを拭き始める。いつもの光景らしいが、開店までにやっておかねばならないことだ。
 干からびたダスターをたたみながら中途半端に愛想のないマスターは、
 「開店直後のバーは空気がまだ新鮮で、乾いていて良いという方は結構いますよ。」
 などと言う。わたしもその意見には賛成だが、それはきちんとしたバーの話であって、わたしがその店を訪ねたのはオープン1時間後、それでもBGMさえまだついていなかった。

マスターはプロフェッショナルバーテンダーのバッジをつけており、それなりの手さばきだが、これ見よがしに見せつける感じ。なんだか態度が高慢で、会話のセンスがない。少ない会話の中で「客」という単語が出る。わたしはプライベートの会話のときでさえ「客」だなんて呼び捨てにしない。インテリアのセンスがない。新装開店ということだが、カウンターも椅子も安っぽく、毎日日付を自分で変える木製のカレンダーは、どこか地方の土産物である。酒の薀蓄を語ってもらおうと会話をそちらへ持って行くも、「ぼくらプロは」とか「一般の人は」とかいう言葉が端々に散りばめられ、わたしが知りたいことの一つも聞けなかった。

その日のメニュウ。ノイリープラットがないようなのでチンザノロッソのトニック割りから始め、りんごのブランデー、カルヴァドスにりんごジュースを加えて樽熟成させたポモー・ド・ノルマンディ・リキュールをロックで1杯。グレンモーレンジのバーガンディウッドフィニッシュをストレートで頼むと、マスターの顔色が変わって「グレンモーレンジなんてよくご存知ですね」と、探りを入れてくる。わたしはにっこり笑って、「ただ好きなだけです」と言って、目をそらしてしまう。うるさくわたしにつきまとっていた小さいハエが、いよいよスコッチのグラスに飛び込み、わたしはつき出しのクリームチーズに添えられた竹のクシで救出してやる。飛ぼうにもウィスキーで濡れて羽が開かないハエの子供をほくそ笑みながらしばし観察したあと、最後の杯にすべくブナハーバンを注文する。
 「プロフェッショナルバーテンダーの筆記試験では、このブナハーバンの綴りが問題になりました。」
 マスターが誇らしげにその試験の話をする。わたしは聞いてあげるけど、半分うわの空で、全然アイラモルトらしくない、さらりとしたウイスキーを味わっていた。

バーとはなんでしょ。好きなお酒をおいしく飲ませてくれて、雰囲気が良くて、心地よくリラックスできること。バーテンダーは親しくなっても適度な距離を取っていてくれること。話すときは興味を誘うネタを持っていること。結局はバーテンダーの魅力を買いに、バーへ行くのだ。飲むだけなら家でもできるのだから。

生活をしようと思う。お気に入りのバーが見つからないから。週明けに届く新しい冷蔵庫には、いつでもカンパリとソーダを常備しようと思う。冷凍庫にはズブロッカを。そしてコアントローと何かシングルモルトを1本。なにを選ぶかはしばし悩むつもり。そして誰とも会わない大切な週末に英気を養い、毎日を過ごそうと思う。