食べることについて(Jan.10,2005)

1月7日は、七草粥を食べる日。
 伽藍Barでは七草粥が振る舞われたが、便利なフリーズドライの七草を買って来た金ちゃんは、店主に叱られていた。

かつて哲学から始まって宗教・精神世界へと探究心が傾き、結局現実へ帰って来て1周したという経緯がある。それは結局、神は死んだとか、自我を超越するとか言っても、その前にまあいいから飯を食えという話。
 食に気を使うようになったのは、精神世界を探求したことでヨガを始めたことによるところが大きかった。気の流れを感じたり整えたりするために、筋を伸ばしリンパの流れを良くすると、体の声が聞こえて来て、自分の体に必要なものがわかり始めたのだ。それまでは、情報や欲望に流されるままに食べていただけのように思う。食の中に陰と陽のバランスを見いだすマクロビオティックを学び、玄米食を始めると、体が整うと同時に精神も冴えてくる。精進料理のことを、戒律のための食事だと思っている人がいるが、違う。それは肉食を戒める食事なのではなく、精神性を高めるための有意義な食事なのだ。
 野菜を食すということは、生命力を生きたまま頂くということ。フリーズドライは野菜の死骸を食べるようなものだ。・・・と、金ちゃんは叱られていた。

かつて、大好きだった人を深夜のお花見にお誘いしたとき、わたしはお弁当を作り、中目黒の目黒川沿いで、月と桜を見上げながら、ふきとがんもどきを煮たもの、せりや春野菜を使ったおからのサラダなんかをつまみに、ふたりでワンカップを飲んだ。ずいぶんと年の離れたその人は、静かに感激していた。はらはらと桜吹雪が舞って、一句詠み合ったりして遊んだ。
 今では一人暮らしにもすっかり慣れ、もてなす人もおらず、凝った料理を作らなくなった。外食が好きで、機会も多いから、家ではシンプルな食事を心掛けている。最近は、納豆と豆腐と油揚げとキムチが必ず冷蔵庫にあって、たいてい野菜たっぷりのキムチチゲ風のみそ汁と納豆で玄米ごはんをいただく。それと配達してもらっている野菜ジュース。やずやの香酢3粒。それを1日に1食。お店ではお酒は普通にいただき、飲み過ぎて来たらウコンの粒を飲む。外食は野菜たっぷりのタイ料理かベトナム料理、長崎ちゃんぽん。黒豆ココアを1日1杯飲むことにした。健康的だと思っているが、どうだろう。
 食事に気を使うことができるのは、やはり女ならではのことだと最近よく思う。母性のなせるワザ。家の仕事を馬鹿にして来たが、やはり女はまずはそれからやれなければならないな。

気遣う食事のおかげで精神性が高まって来た。祈りが深くなって来た。なので願いも叶いやすくなって来た。これをずっと続けていたら、聖人になれそうだ。がんばろー。