横浜の人は多摩川を渡るのが恐い。神奈川県と東京都を分け隔てる、深い意味での大きな川。要するに田舎者なのだ。買い物も遊びも地元でできるから、わざわざ東京へ行く必要がないと思っている。
わたしは、小学生の頃原宿に憧れて、従姉妹のお姉さんにその辺りを一度だけ案内してもらい、その後はお友達とわりと頻繁に竹下通りへ行き、マリオンのクレープを食べ、今はなきホコ天でタケノコ族を眺めていたが、高校生になって関内駅付近でアルバイトを始めたら地元心がついて、すっかり多摩川を渡るのが恐くなってしまった。仕事で都内に行くことはあっても遊びに行くことはなかったし、東横線沿いにアパートを借りても横浜市内から出たことがなかった。
遅い青春で旅人となって、石垣島で出会って好きになってしまった神戸出身のバイク乗りに、
「横浜の人ってプライド高いよね」
とか、
「渋谷とか超近いのになんにも知らないんだね」
などと馬鹿にされるように言われ、なんでこんなこと言うやつのことが好きなんだろう、と頭に来つつも、「確かにそうだ」と納得してしまう。横浜生まれ、横浜育ちの自分を誇らしく思っていたのだが、彼のおかげで東京事情に全く疎いことが急に恥ずかしくなった。遊びも知らず、旅と読書と物思いに耽ることが生き甲斐だったわたしが、普通の若者が楽しむわたしの知らない世界を知りたがり始めた。
中目黒がお洒落だと知ったわたしは、派遣のバイトでちょうどよく中目黒在住の女の子と知り合った。有名デザイナーのアシスタントとして働いていたが、ハードすぎて体を壊し休職、再就職活動の合間に日雇いバイト生活をしている、同い年の女の子だった。鹿児島出身ということで、わたしは旅の最中でも鹿児島には特にご縁があったから、そういった話をしながら一緒にコンビニのお弁当工場でおにぎりの海苔を巻いた。毎日が違う現場で、違うメンツで派遣される仕事だったが、彼女とは良い現場情報を交換し合いながら、そのうち一緒に現場を合わせて働くようになった。
「実は東京のことを知りたくて」
などと、お昼のお弁当を食べながら話したら、案内してくれるという。可愛くて、すっとんきょうな女の子だったけど、デザイナーだけに流行に敏感で、おしゃれなカフェやビストロ、天然酵母パンのお店、雑貨屋、古着屋などを連れ回してくれる。
「中目住みやすいよー、代官山も近所で歩けるし、お店もたくさんあっておもしろい」
アーティスティックで非実用的なものを売る店々で構成されるその街を、わたしはそれほどまでに好ましいとは思わなかったが、両脇に桜並木を配した目黒川にはちょっと惚れた。横浜を出て彼女と一緒に住んでみることにした。初めての東京暮らし。多摩川を越えるのは恐いことではなく、そのときの心はわくわくときらきらで満ちていた。
彼女とは、大家さんにお咎めを受け数ヶ月で同居を解消するのだが、男みたいに愛しすぎて疲れたりすることはないし、女の子との暮らしは楽しくてカラフルでポップだ。可愛い物で散らかった部屋は愛おしい。ブラジャーが脱ぎ捨てられて落ちている光景も可愛い。
勇気を持って多摩川を渡って早4年、中目黒から月島、祐天寺と引っ越して、祐天寺では一人暮らしとなったけど、目黒区民として東京に住んでからはいつも目黒川には楽しませてもらった。4月の桜の季節は圧巻。誰かとのロマンチックなお花見、一人散歩、そして夜桜。ビールやワンカップは当然のこと、ワインやシャンパンを持ち出すこともあったし、川沿いのカフェからコーヒーを啜りながら臨むこともあった。今年も、目黒川でお花見。昼下がりの居酒屋。起き抜けのウーロンハイ。おでんに枝豆。花粉症のかゆい目をこすりながら。
もうすぐ目黒区民をやめて中央区へ引っ越す。多摩川のこっち側の生活にも随分と慣れた。一人暮らしは気楽だったが、またルームメイトのいる暮らしに戻る。
来年の花見は目黒川ではないと思われる。どこで誰とするのかな。