「困ラセテゴメン」

男は結局果てずに、軟らかくなってしまったそれを引き抜いた。わたし も相当酔っていた。
 わたしは目を開けないまま、泣いた。
 あの愛すべきトヲルの、勘はいいのにもどかしくて切ない愛撫ではない 、それでも目を閉じて、背中や首すじに背後からいつまでも浴びせかけら れる口づけの快楽に飛び乗ってしまえば、固く閉じた膝頭だっていずれは 男の手に導かれるままに開いてしまう。ガーターベルトの上からつけてい たショーツを剥ぎとられてしまえば、ストッキングはつけたままのわたし のヒップに、男はガーターベルトの女性は初めてだと、新鮮な感動を覚え ながら、指と唇を這わせて、わたしを鳴かせる。
 結局。送ってもらったタクシーから一緒に降りた彼を許した時点で、わ たしは彼を受け入れたことになる。
 彼は母鳥にヨチヨチとついていく、いたいけな雛鳥のようにわたしの後 をついてきて、わたしは笑ってしまった。
 わたしは怒りもしないで、
 「今日中に借りていたビデオを返さなくちゃいけないの」
 と、ツタヤの青いバッグを手に、部屋に上がろうとする男を押しのけて もう一度靴を履いた。ビデオを返しがてら、そのまま駅前のタクシー乗り 場に送るつもりだった。
 「送ってあげるから」
 「いやだ、帰らない」
 玄関で押し問答をしていたら唇をふさがれ、半ば無理矢理に部屋になだ れ込んだ。
 ベッドに入る入らないは問題なんかじゃないのだ。タクシーから降りた とき、怒らずに笑ってしまった、それで彼を受け入れたことになる。わた しはその ことに気づき、認めた。
 押し倒されたベッドで、お酒の酔いによる眠気にたゆたっていたら、い つしか男がわたしの背中を愛情深く撫で、服を脱いで眠るようにと叱る。
 愛すべき恋人であるトヲルの顔が浮かんできたら、泣けてきた。もう体 を 動かすほどの力も持たない、酔いの奥に押しやられた冷静な自分が頭の中 でつぶやく。わたし、なにやってるんだろう?
 男がわたしの乳房を掴もうとするのを、遠い意識の中で何度も拒んだ。 彼はその度に諦めては、かわりに耳に口づけたり、背すじに指をはわせた りして、わたしを少しずつ悶えさせるのだった。
 固く目を閉じ、そうのうち、もうやけになって快感に身を埋める。情け なくなる。わたしは、誰でもいいんだろうか?
 わたしは、執拗なまでの背後からの愛撫を受け、男の指を迎え入れる前 に、もうすでに快楽の頂点にいた。洪水になっている脚の間に指をうずめ た彼は、そんなにも濡れるわたしに感嘆の溜息をついて、いよいよ顕にし たわたしの乳首を、痛いくらい強く吸う。わたしはもっと奥まで触れて欲 しくて、腰を浮かす。
 わたしは、泣く。そして頭の中でつぶやく。こんな快楽が許されるので しょうか。この、今日初め て会った男に、こんなにまでもからだ中を愛でられて、叫んでいる。
 「いれていい?」
 かすれた声で男が聞く。しゃべらないでほしい。トヲルじゃないことを 思い出してしまうではないか。わたしは答えない代わりに拒みもしない。 目は開けない。いつもなら、トヲルを確認していたくて、目を閉じたりな んてしないのに。
 いつもとは微妙に違う堅さとカタチのものがわたしの中に入ってきて、 あの真摯に自分の快楽をわたしのからだを使って得ようとするがむしゃら なやりかたではなく、明らかにわたしの快楽を引き出そうとする大人の腰 使いを、その男はした。
 「すごいよ」
 彼は溜息をつくけれども、飲み過ぎていて、果てることはなかった。
 わたしは声をあげて泣いた。トヲルのことを想って。自分の涙の理由を 泣きながら考えて、ようやく見つけ出す。何に向かって謝るべきなのか、 わたしは、よく知らない男に抱 かれて感じてしまいました、ごめんなさい。
 「泣かないで」
 わたしを背後から抱くように腕枕をした男が、わたしの髪をなでる。
 「また会える?」
 「会えるわけない」
 わたしのことをよく知りもしないくせに、どうして男はわたしを好きだ と言ったりするのだろう?知りたいと思うことこそが、恋というもなのだ ということくらいわたしにもわかるが、自分に向けられたそういった思い にはわたしは鈍感で、理解できなかった。
 「ぜひまたご連絡ください」
 などと、名刺交換をしながら、わたしの働くクラブでは、にこやかに和 やかにしていたではないか。
 「諦めます。ぼくがあなたに好意を寄せることが、あなたの迷惑になっ てはいけない」
 紳士な客であった彼が、脈絡もなくぽつりと言ったその一言を、わたし は聞き流して、タクシーで送ってもらうのを前提に、別の店へ飲みに出か けたのは、彼が明るく、フレンドリーで、危険を感じさせる匂いなどしな かったからだ。
 明け方、彼はそのまま出勤すると言ってわたしの部屋を出た。最後に口 づけを求められたが、わたしは拒否した。彼は切なそうに謝った。
 「困ラセテゴメン」
 彼とはもう会わない。わたしたちは、なにも始められない。
 翌日、トヲルを呼び出して、その出来事を全部忘れてしまうくらいの激 しいセックスをした。トヲルでなければだめだった。なにも考えずに快楽 に堕ちて行くには・・・ 


この物語はフィクションであり、登場人物等は全て架空のものです。