彼の、まるでジプシー音楽のような、時折感情にまかせては激しくうね
って弾けて
しまうヴァイオリンの演奏がとてもセクシーだった。彼はひとつのライブ
で、わた
しを誘い込むところから腰くだけになるところまでを、そのヴァイオリン
の音色
だけでやってのけた。
彼の、人としての機能や役割などわたしにはどうでもよかった。彼の
演奏がわたしのエクスタシーなだけだったのだから。それなのに、いつし
か彼が妻帯者だということを知ったとき、わたしはショックを受けた。
さて、しかし。わたしは彼のなにを求めたかったのだろう?
彼はひどく深夜に電話でわたしを起こしてから、暗闇にさえも内緒で
わたしを訪ねる。時折、どうしようもなく歪んだ夜の隙間で彼が彼の楽器
のかわり
にわたしを弾くから、わたしは艶かしくうたう。
彼はいれてはくれない。わたしはいつだって、彼の弦楽器奏者特有の
固い指先と繊細な動きに、まいってしまうだけだ。わたしは、彼が目の前
に存在しているという事実だけで濡れてしまうというのに。
彼は、まるで半熟の目玉焼きの黄身をくずすように、ぷつっと穴をあけ
てから、まずはゆっくりと、わたしをかきまぜる。静かに始まるいつも
のライブと同じように。
ため息を押し出す半開きのわたしのくちびるの奥に、彼はあまい唾液を
流し込む。わたしは彼のくちびるを充分に愉しんだあと、彼の舌を夢中で
探す。彼のやわらかくて厚い舌。熱くて、濡れている。わたしのため息は
彼の口内に洩れて、彼はそれを飲みこむ。わたしの快楽を引き出す小さな
場所を探し当てた彼の指の動きに合わせて、わたしの呼吸は少しずつ早く
なるけれども、わたしは彼の舌に吸いついたまま離れず、わたしたちはた
だ呼吸のやりとりをする。いつまでも、息をやりとりしている。そのうち
あえぎながらのけぞると、彼は首筋から耳のうしろに熱い舌を這わせ、音
を立てて耳を食み、舌を耳の穴に差し込んでたっぷりと濡らしたあと、と
どめに耳たぶを痛いくらいに強く噛むのだ。
「待って、待って」
わたしは、一気に昇りつめてしまいそうだった。
哀願を聞き入れて動きを緩めた彼は、かわりに泉の奥にぐいっと指を突
き刺し、大きくグラインドさせながらわたしの体の中の壁をなぞる。それ
までとは違う快感が、そこから体中に広がり、頭頂に抜けた。
わたしの脚の間に移動した彼のくちびるが熱い吐息を吹きかけ、その厚
くてやわらかでいたずらな舌が、怯えたわたしの小さいボタンをあやす。
さっき頂上
寸前でおあずけを食らった快楽は、ゆっくりとまた頂きを目指す。
リズミカルな動きを維持した彼は、後はわたし次第なのだと詰め寄って
いるみたいだ。
「許して、お願い」
涙声で哀願するけれども、彼の動きはいっそう早くなり、わたしは堕ち
る。何度でも堕ちてしまう。
さて、堕ちたあとの甘い空洞のままで、わたしは彼を食す。食しながら
、彼を欲する。それこそ声をあげて欲しがるのに、彼は器用な指をくれる
ばかりで、彼自身をいれてはくれない。
「いれてしまったら、おもしろくないよ」
などと言う。
「きみはそのうち、こんなおれに耐えられなくなる」
と言って、少し悲しい顔をする。
わたしはいよいよスピードを上げる。彼とのせめてもの同化を望んで。
弓がしなるようにチカラが一瞬だけ保たれたあと、彼は弾けた。喉の奥
に当たる、彼の情報を担った細胞たち。軽い吐き気とともに飲み下す。
「これでわたしは、あなたでできていることになる」
彼を消化し、わたしの栄養となることを、とても誇らしく思う。わたし
の空洞は甘いままだけれども。
子供なんか欲しくない。でも、彼に会いたいのは抱かれたいからで、抱
かれたいのは彼のDNAを繋げたいから。愛したのは、彼のヴァイオリン
の音色
に魅せられたから。
結婚など考えたこともないのだ。彼との日常も。それなのに、彼が十数
年前に彼の妻の膣に精液を流し込んで宿らせた娘の存在を知り、彼の精液
を子宮でもって受け止めた彼の妻に、わたしは嫉妬した。現在、彼は妻を
抱かないだろう。抱いたとしても、わたしを愛でるようには抱かないであ
ろう。それなのに、わたしに嫉妬心が芽生えた。
さて、しかし。わたしは彼のなにを求めたかったのだろう?
欲しかったのは、彼の時間でも快楽でもなく、最後は彼の精液だけだっ
た気がする。だって精液には、時間も快楽も付属しているのだから。
そのことに気づき始めたとき、わたしは彼のヴァイオリンを聞かなくな
っていた。