エロスとタナトス

いつもわたしたちは見つめ合っていた。おしゃべりをするときは勿論、食事をするときも、あの人はちっともわたしから目をそらさず、わたしもその挑むような視線を、受けて立った。口づけを交わすときも、ベッドでまぐわうときも、目をそらしたら負け、とでもいうように。
 わたしたちはよく一緒にバスタブを使った。氷水を入れたパスタ鍋に、シャンパンや白いワインのボトルを突っ込んで、バスルームでパーティーをした。お互いの口唇や乳首を酒の肴にしながら。きちんとしたアイスペールやグラスでないところが、わたしたちに似合っていて、素敵だった。
 あの人はすぐに赤くなる。裸の体がみるみる斑模様に、赤く染まって行く。模様を指でたどる。あの人はくすぐったさに、ほんの少しだけ身もだえして、笑う。模様に何度も口づける。その模様のカタチから、わたしはいつもなにかを見つけ出そうとした。真実。愛とはナンダロウ?哲学の染み込んだ言葉がわたしの唇からこぼれはじめると、あの人はわたしの口を塞ぐ。手で。そして、唇で。
 「きみといると、わけもなく楽しいんだ」
 でも、彼は楽しさの理由を探そうと、もがいていた。わたしは隙を与えないかのように、次から次へと新しいお遊びを提案した。そのうち彼は、
 「そんなこと、どこで覚えたの?」
 と、わたしを責めるようになった。
 わたしの遊び場所は、わたしのイマジネーションの中にあって、決して経験に基づいたものではなかったけれど、器用なわたしは、まるで慣れた娼婦のように、または淫らな熟女のように、あの人を満たしては、仕返しに犯された。あの人は、わたしのイマジネーションに討ち勝とうとしていた。彼の疑念が大きくなるにつれて、恐怖と、並行して快楽も増して行った。有無も言わさず、愛する人に犯されるということ。わたしは、ときどき、挿入されながら首元を押さえられた。それは、始めはただの冗談であったに過ぎない。ときどき、ヒップのカーブを戯れに叩かれるところから、いずれ、会話の端にセクシャルなニュアンスが少しでも混じると、頬を打たれるようになった。
 「こんなに誰かに執着するなんて、したくないんだよ」
 と言いながら、あの人はセックスのとき、わたしに痛くした。それは、彼の悲痛な叫びではあった。わたしは、それを遠くに聞きながら、幸せだった。あの人がわたしにそうしたいのならば、痛いことは恐くない。あの人が欲しいものに、わたしはなりたいだけなのだ。

「このままだと、おれはだめになる」
 わたしがいつものように、あの人のいとおしい物を愛でていると、彼はそんな恐ろしいことを口走って、わたしが顔を上げると、出会った頃から変わらない、熱いのに人を突き放しているような、クールな視線でわたしを見た。わたしが愛でていたものはチカラを失って、それでも彼はわたしを組み伏せた。蛇に睨まれた蛙のように、あの人に見据えられて、わたしは身動きできない。両腕を上にあげられ、片手で固定されたまま、あの人の愛撫を受ける。彼はわたしの体じゅうに噛み跡をつける。首すじからバスト、ウエストへ。わたしは声を上げて許しを乞う。そのくせ、わたしのからだは、素直に彼を欲しがって濡れる。わたしはそれを叱られる。あの人の指の戯れ。わたしは、その技巧ではなく、その切なさに溺れるのだ。ねえ、いつまでわたしのことを愛してくれる?
 あの人は自分自身をわたしに差し入れながら、めずらしく目を閉じてなにかを妄想している。もしかして、わたしのことではなく、なにか淫らな妄想で自分を奮い立たせているのかもしれない、と思ったら、悲しくなった。
 「目を開けてよ」
 わたしは言ってみるけど、あの人は応えない。目を見れば、彼の中身がわかるような気がするのに。そのうち、あの人が加速しながら、目を開ける。それは憎悪と愛情がないまぜになった顔。彼の指先は、わたしの体を惜しむようにひととおり撫でたあと、首元に添えられる。わたしは恍惚に溺れる。揺らされながら漏れるあえぎは、喉に加圧を感じ始めると途切れ、でもわたしは恐れることもなく、彼を見つめたまま。
 「愛してるよ、ほんとに。誰にも渡したくないって初めて思ったんだ」
 あの人は、一世一代の愛の告白をする。わたしは、息が詰まって苦しいけれども、とても幸せな気分でその台詞を聞いていた。彼は加速するばかりで、わたしの首を締める手にもチカラが入った。わたしがあまりにも幸せそうだから、あの人はチカラを緩めることはなかった。
 わたしは抜け殻となった。 彼は、殺人者となった。 


この物語はフィクションであり、登場人物等は全て架空のものです。